「こっちの国の赤頭巾て、大分猟奇的な展開なんだね」
リンネが暇だ暇だと騒がしい事この上ないので万国共通語で書いてある童話集を貸してやった。しかし幾分かマシにはなったと思ったのもつかの間で、数分と立たぬうちに奴は口を開いていた。
男ばかりの環境で過ごしてきた身としては、女とは斯くも喋る生き物なのかと呆れるばかりだ。
「私の記憶が正しければ、猟師のおじさんが助けに来てくれて、女の子もおばあちゃんも生きてたはずなんだけど」
「そりゃあグリム兄弟以降の展開だ――この話は色んなバージョンがあるからな」
「じゃあ私が知ってる展開も間違ってはいないって事?」
「そういう事だ」
「ふーん。にしても、裸でベッドに入るのはやり過ぎだよなぁ」
「それがねぇと、この話の意図が伝わんねえんだよ」
「どういう事?」
…しまった。黙らせるつもりが結局まともに相手にしてしまった。とはいえ、自分の持っている知識を話す気分は悪くないものだ。
後悔が半分、そして優越が半分――まあもう少し話してやってもいいだろう。
「――そっちの赤頭巾は女への教訓譚みてぇなもんだからな」
「へぇー」
「無闇矢鱈に男を信用したら、ベッドに連れ込まれて食べられちまうぞっていう――おい、何で笑うんだ!」
「はは、ごめんごめっ……ぐふっ、Jr.には似合わない話題が出てきたから、つい」
なんだと。
聞き捨てならない言葉が、俺のプライドに爪を立てる。
折角話に付き合ってやっているのに何なんだその言い草は。大体、ソファーに寝転がっている時点で引っ掛かる。今は俺達二人以外誰もいない屋敷内で、そして"俺"の目の前だ――"俺"という"男"の前で、そんな無防備な状態だなんて。
「――…あのなぁ、」
俺だって"男"なんだぞ。
自分の座っている椅子から立ち上がり、すっかりリンネに占領されているソファーに近寄る。その様を、奴は本から目を離してじいっと見つめていた。
「あらあら、よくきたね赤頭巾や」
「って、なんで俺が赤頭巾なんだ!」
「Jr.だからしょうがない」
「どういう意味だよそれ」
覆い被さるように、ぎしりと音をたててソファーの上に体重をかける。肘起きにもたれている奴の表情はぴくりとも動かない。それがますます癪に障った。
「俺がその気になればてめぇなんか」
「―――ねえ、Jr.」
「なんだよ」
「最近の女の子は、アンタが思ってるほど一筋縄じゃいかないって知ってる?」
「またそう言ってからかう!」
「いや、」
アンタのためを思って言ってるんだけど。
そう言った奴の目には、間近に迫っている筈である俺が写っていない。
虚空を見ている―――いや、正しくは―――
「……昼間から大胆だな、ブロッケン」
背後から掛けられた声に半ば飛びのくように振り返ると、そこにいたのは二人の男。緑色のマスクを被った男と、洋風式に統一された我が家に似合わない和装の男だ。
「なっ、ななな、なんでここにいるんだよ!」
「出る時にこの時間には帰ると言っておいただろう。忘れたのか?」
淡々と答える緑マスクの男は、相も変わらず表情が読めない。それはいつも通りだから特に気にはしない。問題はもう一方の男だ。先程から言葉は発していないものの、赤くなったり青くなったりと顔色が騒がしいことこの上ない。心なしか震えているような気も――
「な、なんと破廉恥な」
「待てよニンジャこれはだな」
助けを乞おうとソファーに向き直ったがそこにあるのは貸していた童話集だけだった。ふわふわと風に舞うカーテンと明け放された窓が目に入る。
逃げられた。今度は俺が顔を青くする番だった。
「お前ほどの男がまさか婦女子を襲おうとするとは」
「ち、違うんだニンジャこれは」
「ならば何故リンネ殿は逃げたのだ!」
「待て!ちょ、何で手裏剣出し…おい、止めろ!」
飛んでくる凶器をクッションで跳ね除ける。どすどすと音をたてて上等な絨毯に突き刺さる手裏剣を踏まないように部屋を脱出しようと試みたが青い殺気はどこまでも追いかけてくる。そんな命のやりとりに目もくれず、ソファーに腰かけて童話集を手にとってパラパラとページをめくっているソルジャーの姿がちらりと目に入った。言うまでもなく彼も助けてくれなさそうだ。もっとも興味がないだけのかもしれないが。
"赤頭巾"の知恵と、予想外の"猟師"の出現に、俺は狼になったのを酷く後悔したのであった。
(初出:2012.06.20、改訂:2019.04.06)
拍手のお礼用(四代目)に書いた短編。それ以前に掲載していたはぐれ悪魔コンビ夢が"眠り姫"をイメージしていた為、童話繋がりで赤頭巾にした記憶があります。あと当時(学生時代の)学校の課題で、赤頭巾について調べていたことも大いに影響しています。当時から課題をすっぽかして二次創作ばかりしている悪い学生でした……