華になる7
※大学1年
※チハヤとヤスヤ
※お披露目日




 はっきりとまではいかないけれど、無事にと言ってもいいと思う。
 無事レコーディングは終わり、ミックスダウンやらマスタリングやら、その他もろもろ全ての作業が終わり、俺とハナは帰るのが面倒でヤス君宅に泊まり、朝になってスタジオ行って、√の時に贔屓にしてくれた趣味で写真を撮ってる大学生の女の人、ももさんにアー写の撮影をしてもらい、ついでに動画のアップロードの手伝いもしてもらっている。これでようやく新バンド始動か、と感動した。

 レコーディングではなんとかハナに及第点をもらったけれど、曲を作る時も√でレコーディングする時も、ハナにあんなに粘られたのは初めてだった。√よりも本気だからなのかと思ったけれど、√の時も同じように本気ではあった。
じゃあなんであんなに粘られたかって俺の弾き方のせいだ。
 色々試行錯誤してみた結果、音程を高めにしてソロを弾いてみた。それに関しては、弾けねぇフレーズ弾くな、なんて見透かされてんのか見下してんのかなんなのかよくわからない注意を受けた。広範囲の音域を行き来するソロが弾きやすいしそういうのばっか思いつくから、いつもとは少し違う感じで弾いてみだけなのに。普段は考えもしなさそうなフレーズを当てはめて見たのに。
確かに苦手ではあるけど弾けないわけじゃない。ただ高いフレットを中心としたソロは慣れてないから(これは単に俺の経験不足と好みの問題だけど)いつも弾いてるようなものと比べればぎこちないだけで。
まあこの言い訳も、ハナには関心のないことだろうし言わなかった。


 なぜ調子が悪かったのかはハナは一切きかなかった。それも当たり前だ、でも、今後レコーディングがあるたびにあんな風になったらどうしようか。
…ハナはどうするだろうか。正直、またレコーディングがあっても同じような失敗をすると思う。…いや、ライブですらしてしまうと思う。
だめだとはわかってはいるけれど、どうしようもない気がする。精神的なものはどうしようもない。



「ももさん、いつもありがとうございます」
「いいのいいの、√の時もそうだったけど勉強にもなるし、私も制作業界で実績あるよって名前売れるし」

撮影を手伝ってくれているももさんは高校の軽音楽部の先輩でもある。軽音楽部ではキーボードを弾いていたけれどバンドよりも、学祭のポスターや写真を撮って記録することに力をいれていた。

「これからもよろしくお願いします」
「こちらこそね。あ、動画の説明欄こんな感じでいい?」

そう聞かれてパソコンのディスプレイを覗きこむと、mαβのヤスヤ、√のハナ、チハヤによる新バンドついに始動! となんやらかんやらと続いていた。この人いつも思うけど、こういう紹介文書くのもうまいんだよなぁ、たぶん俺とは根本が違うんだろうな。

「バンド名、GiveHangって…いうんですね…」
「あれもしかして、知らなかったパターン?」
「そのパターンです」

バンド名って案外適当で、√の時は数学のテキストがそこにあったからそれで決めた。中にはやっぱり凝ってるバンドもあるけれど、ハナはそういうのすきじゃないというか、しないからな…。バンド名も適当に決めたのか、それとも俺もなんでもいい方だからシュンとかヤス君に決めさせたのだろうか。また聞いてみることにする。

「名前はハナ、チハヤ、ナギサ、シュン、ヤスヤ…これでいい?」
「たぶん…?」
「ちょっと、ちゃんと確認してよ。名前ってすごく大事だし、特にナギサとシュンって子は初めてこういうことするんでしょ?」
「ま、まあ…」
「…千早」

親しい人の中でももさんは、俺、ハナ、キョウのことを苗字で呼ぶ数少ない人だ。尤も、俺はチハヤが芸名でも本名の苗字でもあるからあんまり変わらないけれど。

「なんですか…」
「もしかしてまた人見知りでもしてんの? まだメンバーに慣れてないの?」
「…な、そういうわけじゃ、ないんですけど、」
「華原も朝比奈も面倒だけど、千早も大概面倒くさい!」

思わずすみませんと謝ってしまうのは本当にお世話になっているからで、何も言い返せないのは間違ったことを言われていないからだ。

「その子達は華原といるの? 聞いてきて」
「は、はい!」

聞きにいくくらいできる、業務連絡くらいの会話はできる。でもプライベートなことはあまり話したくないし話せない。俺にはハードルが高い。
 スタジオ前の廊下の休憩スペースを離れて、少し進んだところにあるレコーディングスタジオの中を覗くと、ハナ達がいた。近くに三國さんもいる…珍しいな。
 なにかを録っているわけではなさそうなのでノックをして中に入ると一斉に振り向かれた。やめろって、派手なことはすきだけどそういう注目はあんまりされたくない。メンバー相手でさえそういう状況を嫌だと思ってしまうのだからモモさんの言うことは尤も過ぎた。

「名前のことだけどシュンと一ノ瀬君は、シュンとナギサでいい?」

さっさと用件を言う。

「はい! いいっすよ!!」
「おれ、も。それでお願いします…!」

おー、良い返事だな。
そういや一ノ瀬君の呼び方もナギサに変えないと。本名はハナじゃあるまいしご法度だ。ハナはバンギャがいるかいないかの場面で使い分けることができるけれど、俺はそこまで器用じゃないし。ナギサ、ナギサ、ナギサ、よし。

戻ろうとするとチハヤと止められた。
声をかけてきたのはヤス君で、なんとも言えない顔をしている。いったいどうした。

「なにヤス君」
「三國さん、別にチハヤにも言っていいですよね?」
「かまわないけど噂レベルのことだから他には言い触らすなよ」

三國さんはため息をついて、じゃあ俺は仕事に戻るとだけ言い残して部屋を出た。え、なんなんだ。

「ハナもどうした?」
「思ったより早かったけど、噂が本当なら確実に決めるな」
「は?」

話が見えない。呆れているヤス君に話を促すとヤス君は目をあわさずにこたえてくれた。

「Melanieがキューズでライブするって」
「…いつ?」
「来週だってよ、早すぎるわ」

まじか。
てことはキョウは、ずっと前から√と決別して、Melanieの準備をしてたのか。飛び入りなわけがない、来週までになんとか対バンライブ用の最低5曲を仕上げてくるようなやつじゃない、確実に仕上げられると踏んだ上で、来週。
…まじか。

「でこっちは別に噂じゃねぇんだよ、事実。で、ここからが噂だけど、」
「なに…?」
「その対バンに、mαβの頃からキョウに目ぇつけてた事務所が見に来るらしい」
「は? え、は?」

信じられなさすぎて言葉が出ない。確かに、それだけの実力はあるけれど、え、そんななのか。

「キョウってそんなに、mαβですごかったの…?」
「すごかった。けどサイドギターのユカリもすげぇし、3号室ってバンド知ってると思うけど、そこのリードしてたテッペイもいる」
「3号室!?」

3号室といえば、2年前、俺が高2の時にメジャーデビューを蹴ってインディーズで活動していた4ピースバンド。ヴィジュアル系ではあんまり見ないギタボのバンドで、あんなにギター弾いてるのにシャウトもデスボも上手くて、もちろん演奏も歌も上手くて当時のV系インディーズでは1番人気だったと思う。というかあのバンドのおかげでヴィジュアル系のシーンが盛り上がってきたのは間違いなかった。俺が中学の時はなかなか次の売れるバンドってやつが出てこなかったし。
しかもメジャーデビューを断ったのはあと半年もすれば全部出しきってしまうからという解散の理由によるものだった。メジャーになりたくねぇのか…と衝撃を受けた事件でもある。5年も続いてたし。
 テッペイ…さん、には会ったことないけど蜜がかなりいるってよく聞く。でもギターは本当にうまいことは知ってる、ライブには行ったことがないけれど、公式サイトに載っているライブ映像や音源からも技術の高さはすごく伝わってくる。
単なる弾き方の好みとかフレーズの好みとか色々あるけど、俺はあの人のギターはすきだ。絶対俺にはできない。


「テッペイさんと、まじか…。キョウのとこって、そんなすげえの…?」
「…ていうかチハヤ 音源聞いた時アー写見たろ? その時気づけよ」

そんなの…ヤス君の言葉を借りればキョウで拗ねてた俺に言うことじゃないと思うんだけど、気づく余裕なんかなかったんじゃねーの。
俺の心情を察したらしいヤス君は一旦顔ごと向きを変えて話を戻す。

「あー。…で、Melanieは間違いなくすげぇよ。少なくともうちらよりは力ある。ドラムがキサラヅっていう頭飛んでるだけど、あいつはmαβする前から声かけてたからな」
「え、それはベースとして…?」
「ボーカル」

えっ。

「√の時お前らは衣装とかアートワークとか全部モモに頼んでたけど、お前らの対バン相手は結構キサラヅが髪いじったり顔描いたりしてたから会ってんじゃね?」

まじか、まじか。
さっきと同じようにMelanieのアー写はちゃんと見れてないけど、キサラヅさんも見たら誰かわかるのだろうか。頭ぶっ飛んでるスタッフなんか見たことねぇけど…。ていうかスタッフしてる時までアー写レベルの化粧してる奴なんていないし、アー写見た時点では気づけるはずもない。

空気と化していたシュンといちの、じゃなくてナギサに目をやると、2人でなにか会話をしていた。

それを見るだけで嫌だと思ってしまうのは被害妄想をしているからだろうか、妄想なのか事実なのかはわからないけれど、なんかいやだ。
この噂をシュンとナギサは聞いてるはずだし、√のキョウはすげぇメンバーに恵まれて、もうライブが決まっていて、事務所にも目をつけられてるっていうのに、こっちの√のハナとチハヤはまだ音源すら出してねぇって。そう思われてるんじゃないかって。
元√のメンバーとして比べられてるんじゃないかと思うとすげぇ逃げたくなる。逃げれたら、いいと思う。そんなことさえ考えてしまう。
結局逃げる勇気すらないのに。

 そっかとだけ返してスタジオをあとにした。
ハナは噂が事実なら確実に決めるって言ってた。あいつの勘なのか考えなのかなんなのかよくわからない予知みたいなものは絶対だ。当たる当たらないの話じゃなくて自然のありかたみたいに当たり前の未来として言葉にする。明日も生きてるなんてわからない、けれど普通にしてたらまあ生きてるし変わらない生活を送ってる。それくらい、当然のこととして未来について口にするんだ。

つまり、ハナにはキョウの方が先にライブを成功させて事務所も決まる未来が見えていた。
見えていたけれどそれを追い抜こうとも妨げようともせずに黙っていた。

「ほんとに意味わかんねぇ…」

抜かされたことをなんとも思わないのだろうか、あいつは、思わない気もするけれど、ちょっと前までバンドを一緒にやってたやつが上手くいきそうなことは喜ばしいことだ、けど、寂しいとか置いていかれたような気分にとか、これっぽっちもならないのだろうか。
 ハナに関しては倣うより慣れろの姿勢で接するのがベストだけど、ハナについて全くわからないことが、今はかなり気持ち悪かった。



 ももさんのとこに戻ると、ももさんはイヤホンをしてパソコンでなにか聞いていた。近づいて画面を覗き込むと「キライ/Melanie」の文字とアー写が。

「あ、おかえり。どうだった、このままでいいって?」
「…」
「千早?」
「あ、うん。シュンとナギサで」

左から顔を順によく見ていくと、左から2番目にはナインズのPAをしているラムネさん、その隣、要するに真ん中がキョウでその隣には3号室とテッペイさんがいた。ラムネさんはヤス君ほど会話したことないにしろ、顔見知りだしベース弾いてるのは知ってる。
きっと両端の2人がユカリさんとキサラヅさんって人で、たぶんちょっときつめの顔をしている左端の茶髪の人がユカリさん、赤い口紅で真っ黒な髪に白い服という周りから明らかに浮いてるのがキサラヅさんだと思う。

「千早?」
「…ももさん……」
「…あたしMelanieのアー写も撮ったんだけど、この口紅男は頭おかしいしテッペイも結構女癖悪いでしょ? ほんとに大丈夫なのかって思いながら様子見てたんだけど、もう信頼関係を築いてんの。朝比奈のことを尊敬もしててでも意見はちゃんと言って、話し合っててさ。今から始まるバンドってこんなにメンバーの意識が同じようなものだったっけ、もっと受かれてるような奴らじゃないっけ、て思ったもん。すごいよね」
「…」
「Melanieは上にいくと思うよ。でもそれはMelanieの話であって、千早には全く関係ないでしょ? あんたと華原はGiveHangなんだから人見知りでも打ち解ける努力はして、無理だったらその時また考えればいいじゃない」


ももさんはそう言うけど、俺はきっと、Melanieの話とGiveHang、あと√を割りきることなんてできない。そうすべきだってこともわかってる、今の考えじゃだめなことも。レコーディングも、メンバー間も全部。


「そうですね、俺のとこはまだ、始まってもないし」


答えようがなかったのは、煮えきらない俺の不甲斐なさが原因なのか、なんなのか、よくわからなかった。


7月16日執筆
'15/08/17 00:09 Mon
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