追記
2015/07/16 13:38

※大学1年5月GW
※チハヤとハナとナギサ



 ハナから明明後日に音源出すから明日レコーディングするって言われ、ヤス君と2人で焦りながらスタジオに入ったのが一昨日のこと。

 新バンド全員で集まって(急だったのによくみんな予定が空いていたと思う、世間一般はGWだし1人くらいあわないやつもいると思ってたのに)、スタジオに入った。その後ドラム、ベースの順にレコーディング。ヤス君は最近あんまり叩いてないとかなんとか言ってたわりにめちゃくちゃ上手かった。ハナにまあまあなんて言わしめてる時点で相当上手いことに気づかなかったのは、あいつは他人の評価を誰かに質問でもされない限りは絶対に言わないから。あんまり、て言った時の触れ幅が本当に下手くそな時もあれば、アマチュアならこんなもんだろって時もあるから、まあまあの意味がよくわからなかったていうのも事実。そりゃまあスカウトした時点で上手いってことは確定していたけれど。

要するにまあまあはめちゃくちゃ上手いってことがわかった。ハナが課題に出してたシンバルの微調整なんかもかなり凝っていた。ライブで音源と音が違うと思われるのは癪だから、ミックスダウンする時に加工はすんなって。加工なんかしなくてもハナが納得するまではいくらでも調整するって。
ライブでのことを既に考えてるあたりが経験値の差だな。俺なんかライブの日程決まってセトリも決まんないと魅せ方とかソロの感じとか全く考えねぇもん。

 シュンはレコーディングの連絡がある前に数回一緒にスタジオに入って演奏を聞いてもらっていたらしい。そこでかなりの課題を既に受け渡されていたらしく、全員でのスタジオ練習の時は少ししか直すべき部分を言い渡されなかった。
シュンも問題ないだろう、あいつの√とハナへの忠誠心みたいなのは異常だ。言われたら言われた分は必ずこなす。


それで、ドラムとベースのレコーディングが終わったのが昨日のこと。

そんで、今日。



「イントロとアウトロは弾き方気をつけろ、疲れてきてんのばれてる。Aメロは粒揃えろ。B、Cはスラーならスラーで繋げろ統一しろ。ソロも全部アドリブっぽくていいけど勢いだけでやってる雰囲気があるからもう1回弾いた時に同じフレーズが出せるようにしろ、あくまでも音源ってこと忘れんな」


ハナはエフェクターのつまみを触ったりコードを押さえたりしながら一息に言ってのけた。ハナがいじっているのは一ノ瀬君のギターとハナの私物のエフェクター。ずっとアコギ弾きでエレキを買ったのもつい最近なんだからエフェクターを所持しているわけもなく、エレキの音作りも不慣れだということで今回はハナが音を作っている。

座り込んで音を作っているハナに対し、隣でその様子を遠慮がちに眺めているのは一ノ瀬君。
これからは話し合いはもちろんするけれど基本は1人で音作り進めんだから、もっとちゃんと見とけよと思う。今後求められる可能性の高い音を作ってんだぞ、それをわざわざハナが作ってんのに。
まあちゃんと見ていたところで疑問に思ったところ、例えばどうしてイコライザーのバスを高くするのか、エコーとディレイの使い分けについて、その辺りを質問しづらいのはわからなくもない。答えてくれなさそうだもんな、実際自分の望み通りの答えが返ってくるかも微妙だし。
一ノ瀬君は小心者っぽいから色々遠慮してんのかも。遠慮のするとこが違うけどな。


「あとサビのフィルインでスウィープすんな」

あ、これは言外に下手って言ってる気がする。こうしろって注文じゃねぇ、禁止令だ。

「じゃあしたくなるような流れ作んなよ。代わりになに弾けって?」
「タッピングしながら拍の頭はチョーキング」
「は? ふざけんなしんどいわ」

スウィープ奏法はアルペジオをミュートしましたみたいなやつ。それを今回のBPM184のすげー速い曲でやってみたのはしたくなったからではなく、新しいバンドだしなんか目立つことしなきゃって思ったから。禁止令が出た通り、あんまり得意な奏法ではない。

「ナギサ」
「え、は、はいっ」
「指弾き」

ハナ、色んな言葉が欠けてんだろ。一ノ瀬君が挙動不審になってるから、指弾きできんのかって、と代わりに言葉を補ってやる。なんでハナは誰も彼も自分の言葉を即座に理解できると思ってんのか。常人に理解されない思考を持っていることに気づけない変人、いや奇人であることは前からわかっていたことでしかないけど。

「えっ…あ、ピック弾きよりは指弾きの方が、むしろ得意…です…」
「うん。だからこれからはスウィープもアルペジオもローコードもほとんどナギサな」
「は、え、…はい!」

スウィープ知ってんのか。ハナのくせに二つ返事で了承しないようなやつを連れてきたとは思っていたたけど、やっぱ勉強家ではある。本当に外見的な意味で煮え切らなかっただけか。バッキングしかほとんどしてねぇけどアコギでやってきただけあって響かせ方が上手い。単にコードのバッキングだけなら俺より上手い。パワーコードがあまり綺麗じゃない辺りは応用きかねーやつだと思うけど。

「…一ノ瀬君」
「は、はい! チハヤさんなんですか」
「いや大したことじゃねぇんだけど…なんで色それにしたの」

俺が聞いてんのはギターの色のこと。
一ノ瀬君が後日、三國楽器で買ったのは、アクセルギターズのオフホワイトのストラト。このギターはBadWaterっていうシリーズの1つで、これのクラッキングブルーがかっこいいんだけどな。白か。

「あ、えっと、他のはちょっと、ヒビっぽいデザイン立ったんですけど、無難なものがいいかなと…」
「いいじゃんクラッキングブルーとかブラックだろ? あれかっこいいのに」
「かっこいいですけど、すごく目立つというか…」
「それがいいのに」

単に好みの違いだろうな。俺派手なものすきだし。

「イントロからやり直し。1発録りじゃないからサビ終わりまで弾け」

もう音作りを終えたハナは頑張って話しかけてコミュニケーションをとろうとする俺の気持ちなんか総無視でレコーディング再開を指示した。
無視というよりは、単純に興味がないのだろうけど。

「ハナ、俺の音作りはこんなもんでいい?」
「自由にしろ。お前にあわせてナギサの作った」
「さっきよりちょっとだけコーラスとリバーブ上げたけど」
「想定内」

まじかよ、さすが過ぎて引くわ。
ほら、一ノ瀬君ぽかんってしてんだろ。

「√の時もこんな風に、レコーディング、してたんですね…」

その感想にハナは答える気はなかったようで、さっさと部屋を出てエンジニアさんにレコーディング再開を言いに行った。エンジニアさんも終わったのに気づいていたようでハナが言わなくてもある程度の準備は終えていたらしく、OKサインをこちらに向けてきた。
先に録ったリズム隊の音を聞くヘッドフォンを耳につける。さっき1回録った時からずっとリズム隊の音を再生しっぱなしだったようで滑らかに音量の変化をしつつ温かみがあるドラムとスラップっぽいベースの音が聞こえる。

√もこんな風に、レコーディングねぇ。


「さあな、覚えてねぇよ」


キョウのベースはこんなに軽くなかった。好みはあるだろうけど、ドラマーの、特にバスドラの音に馴染ませていくような音作りをしていた。ドラムとギターとの音程差とか馴染みにくい感じとかその辺全部を繋ぎあわせて1つにするような、そんな音。

「そう、ですか…すみません、」

一ノ瀬君の言葉になんて返したらいいかわからなくて押し黙る。

あーあ。今のは俺が悪い。
一ノ瀬君もシュンも元を辿れば√のファンでしかないんだから、そんな感想くらい自然と出てくる。思い上がるみたいだけど、ハナと俺とのバンドに入ること自体が光栄だっつって、前バンドを支えてくれたファンで。

 俺はこのバンドでやっていけるのだろうか。…いや、違う、やってはいけるだろう、でもそうじゃなくて…。
ベーシストがキョウじゃないのに、俺は安心して自由にギター弾けんのか。

 急に不安になった。
おい、まじかよ、ふざけんなよ、明日の夜には音源公開すんのに、こんなこと考えてたらだめだろ。
√はもう終わったし、ハナも曲調変えるっつったし、キョウは他のバンドでボーカルをする。高校の時、√が終わっても俺はこの先ずっとキョウの隣でギターを弾けると思ってた、でもそれももう叶わない。

 レコーディングを再開すると一声かけられ、はっとする。
こんなの考えてる場合じゃない、集中しないとだめだ。
先程言いつけられた部分について考えながら少しだけソロの確認をする。あのベースの軽い音なら、だめだ、低めに弾かねえと、悪い意味で音が目立つ、絶対浮く。
アドリブでかまわないけど、もう1度弾くことができるようなソロ。手癖でなんとかするしかないか。

 そうこう考えているうちにイントロのカウントがヘッドフォンから聞こえてきたのでイントロを弾くべく左手を添えた。
 余計なことは考えんな、曲のことだけ、この歌に乗せるハナの声だけに集中しろ、どんな風にハナが歌うのか考えて、それだけ考えて……。











「え、そのエフェクターあげんの」
「俺使わねぇもん」


 無事に終わったレコーディング。片付けている最中にシールドだけ返せと言ったハナに尋ねてみるとやっぱり、あげるつもりらしい。
この際だからエフェクターやるならシールドもやれよ。俺ならあげないけど。

「いい、んですか…これって、結構組み替え? とかそういうの色々してるんじゃ…」
「…」

やはり答える気のないハナはくわっとあくびをして嫌そうな顔をする。だいぶ疲れてんなこいつ、そりゃそうか。こいつだけ昨日からずっとドラムとベースのマスタリングにも音作りにも全部やってたし、今から自分のレコーディングだし。それの一切を口にしない上に倒れるまでやり続けるのがハナだ。自分の体力の限界に気づけない。たぶん今も、疲れてるっていう意識すらないんだろな。

「明日はどうすんの?」
「アー写と雑務」
「分担は?」
「ヤスヤに話してる」

ヤス君に話してるなら問題ないか。たぶんこのバンドで対人関係で頼れるのは成人してるって意味でもヤス君だけだし。

「今日することは?」
「ナギサはデモ音源4の曲でエフェクターの音作り」
「は、はい!」

返事だけはいいなこいつ。反抗しないだけましなのか、よくわかんねーけど。
俺にはなんもないのかと思いながら突っ立ってると、ハナが胸ぐらを掴んできた。殴る蹴るなんて理不尽な暴力はさすがにしてこないだろうとは思っているけれど、単純にびっくりして身構える。

「鶫の音悪すぎ。ミックスダウンするけど部分的に差し替えんぞ」

耳元で言われた言葉は鈍器で殴られたような衝撃だった。
一ノ瀬君には聞こえないように言ったのは、きっと気遣う気持ちからではないのだろう。

「…そんな悪かった?」
「部分的じゃねぇよ。ほとんど差し替える」
「…」

なんだよそれ。最悪だろ、俺。

片付けんのをやめた俺に一ノ瀬君が不思議そうな顔をする。くっそ、なんか今はそれすらも腹が立つ。

「ナギサ、明日11時ここな」
「え、…あ、はい……」

問答無用といった空気を察したのか、一ノ瀬君はお疲れさまですとだけ言って、スタジオわー出ていった。
ハナの今の問答無用の空気は、さっさと出ないと始めれねーだろ早く帰れっていう意味しかない、有無を言わさない空気を醸し出したのは俺のためじゃない。
けれど今の俺にとってはすごくありがたかった。

「…全部録り直しな」
「当たり前だろ、さっさとやれ」

レコーディングにもそれなりに慣れてるのに精神面でやられて全部録り直しなんて呆れてなんも言えねぇ。
くっそ、こんなんでいいのなんて弾けねぇ、でも、あれじゃだめなのはよくわかってる。差し替えるって言ってくれただけよかった、俺に言わずに別のやつ、例えばもうハナが弾いたのと差し替えられていたらと思うとぞっとする。

「今の俺の、ベストしか出せねぇけど」
「やれっつってんだろ」

言い訳は聞かないくせに俺を見捨てない辺りは、ハナも俺を特別視しているのだろうか、ギターの技術の点では。
もしそうなら、ギターだけはきっちりやらねぇと。ちゃんと、今のベストを尽くさねぇと。
ヘッドフォンから流れるのは俺のギターとハナの声を抜いた伴奏。ここに、俺のギターを乗せるんじゃなくて、馴染ませないとだめなんだ、うまく、他の3人の演奏とハナのボーカルを繋ぎあわせないとだめなのは、俺なんだ。
 こめかみに汗が流れたのがわかったけれど、拭わずにカッティングを繰り返した。




7月16日



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