追記
2015/07/09 10:47

※高3春
※mαβの話
※チハヤとキョウ



「えむ…あるふぁ…べーた…?」
「そのまま読むわけないでしょ」
「じゃあなんて読むんだよ」
「まぶ。綺羅さんがつけた名前」
「…anzさんじゃねぇんだ」
「名前つけんの苦手だから任せるって言ってね、こうなった」





こんな会話をしたのが1年前で、mαβはもうすぐ解散ライブを行うのかと思うとなんともいえない気持ちになる。



 期間限定セッションバンド、mαβが活動を始めたのは高2の夏。ヴィジュアル系バンドの対バンを見に来ていたanz(あんず)さんが打ち上げにも参加していて、二次会のカラオケでキョウをセッションに誘った。俺とハナはハナのお姉さんの弥生さんに呼ばれてご馳走になってたから、全部聞いた話だったけど。

anzさんはメジャーデビューしてるLogic Gardenっていうバンドのギタリストでその日使ってたライブハウスのオーナーとは長い付き合いらしく、たまたま来てたんだと。それで二次会まで参加してキョウの声聞いてぜひボーカルにって思ったんだって…すげぇわ。キョウの本職はベースなのに。
 ちなみに二次会はまたそのライブハウスに戻ってきてそこでやったらしい、たまたまその翌日にライブもなにもない日だった上にオーナーが久しぶりにカラオケなんかじゃなくてanzさんの歌声聞きたいなんてことを言い出したから、らしい。
全部聞いた話。


ベースはanzさんと一緒にこのセッションバンドを企画した綺羅さんで、彼はヴィジュアル系寄りだけどジャンル問わず色んなボーカリストの後ろでベースを弾く、固定のバックバンドをしている人だ。わりと有名でよくテレビにも映ってる。

もう1人のギターとドラムはよく把握していないけれどおそらく何度か見たことある人なのだろう。なんで把握してないのかと言えばライブを1度も見ていないからで、ネットで『Logic Gardenギタリストanzとベーシスト綺羅の期間限定企画!』なんてものも検索したことがないから。
ただの音源ギャになっている、ていうかバンドメンバーのライブなのに1度も見に行ってないのはキョウは俺からすればベーシストで、他のバンドで歌っているのを見たくないからなんだと思う。
……あーでも、ベースでも見に行かないと思う。キョウの隣でギター弾けるの俺しかいないと思うし思いたいし、見たくない。


「つん」
「ん? そろそろ行く時間?」

今日のライブが最後から数えてラスト2回のライブ1回目。対バンだから曲数もそんなにできないけれど、身内の少ない箱だと新鮮だし色んな経験ができてるとキョウは楽しそうだ。解散ライブはいつものナインズでLogic Gardenとツーマンするらしいしそれはちょっと見に行きたい気もするけれど……なんか複雑なんだよなぁ。

「うん。お前今日のも来てくれないんでしょ」
「まあ…うん。バイトがある」

mαβのライブに合わせてバイトを入れてることにキョウは気づいてんのかな。


 ハナのことをすごく気に入っている音楽の先生のご厚意でたまに借りている音楽室。そのピアノの椅子に座るキョウは指にマニキュアを塗る。
生徒の椅子だってたくさんあるのにピアノの椅子に座るのはなぜだろう。

「最後のも来てくれないの?」
「…いつだったっけ」
「海の日だよ」
「あー、」

まだバイトのシフトは出ていない。断る理由が見つからない。ああ、日にちなんて聞かなきゃよかった。

「行けたら行くわ」
「…そっか」

行けたら行くって言葉は断りのセリフらしい、ヤス君が言ってた。それをキョウは知っているのだろうか。

「なぁ」
「なに?」
「歌ってよ」
「…今ここで?」


キョウは少し困った顔をした。そりゃそうか、普段俺はこんなこと言わねぇし、そろそろ行くって言ってんのに、歌えなんて。
 左手の親指と中指と薬指、右手の人差し指と小指のみに塗られた黒いマニキュアは独特の光沢を放っている。ここ2年で嗅ぎ慣れてしまったシンナーの充満した感じは既に薄くなっていた。
ロックじゃないから全部の指には塗らないらしい。俺にはそれがよくわからなかった。

 爪の乾き具合を確かめたキョウは黙ってピアノのふたを上げた。授業で伴奏に使われているこのピアノはよく手入れされている一方でマニキュアよりも明るい光沢の上には指紋が残っているのが見えた。

「…おい、勝手に開けていいのかよ」
「さあ? 俺も結構気に入られてるしいいんじゃない?」
「それは、そうかもしんないけど…」

俺の意見に耳を傾けるつもりはないらしいキョウはポーンと和音を弾く。
シーアッドナイン、かな。ドミソレ。絶対音感があるわけでもピアノに詳しいわけでもないから絶対そうだとはいえない。
そういやキョウってピアノ弾けるんだっけ…? ベース以外の楽器に触ってんの初めて見た。


 なにを始めるのかとぼうっと眺めていれば弾き始めたのはきらきら星だった。
キョウのくせにこんな可愛らしい曲弾くのかよと思わず吹き出すと、キョウは横目で俺を見ながら口元をゆるめた。

可愛らしい、とはいっても途中から本来のメロディを縫うように他の音で埋められたり(たぶんアルペジオだと思うんだけど、ピアノにアルペジオって存在するのかさえわからない。)、静かで本当に1つずつきらきら光ってるんだろうなって想像できたり、かと思えばきらきら星なのに暗くなったり、様々だった。
耳が痛くなりそうな高音は優しく、響きを大切にするように弾いて、低音は音の立ち上がりこそははっきりしているけれど強すぎず重々しい印象はなかった。

ずるいだろ、なんだよ。ピアノまで弾けんのかよ。


「俺は歌ってって言ったんだけど」

綺麗に流されてしまってたけど。


「mαβのボーカルだから、その時しか歌うつもりはないよ」
「…」

けちだなとは言えなかった。きっとキョウはmαβのライブに俺がわざと行っていないことに気づいてるんだと思った。だから歌ってくれない。
嫌がらせなのか聞きたいならいい加減来いよってことなのかはよくわからなかった。


「さっきの曲知ってる?」


ピアノを元の状態に戻しながらキョウはその話は終わりだと言わんばかりに話題を変えた。


「きらきら星だろ?」
「正解、でも正しくはモーツァルトのきらきら星変奏曲だよ」
「……普通のとどう違うのかよくわかんねぇんだけど」


ピアノがあれだけ上手かったのにふさわしく、クラシック(と言い切れるのかはわからないけれど)にも詳しいらしい。今までずっとベーシストだと思っていたけれどピアニストでもあるのか、なんて疑問に思った。

「きらきら星のモチーフ演奏みたいなものかな。モチーフっていうのはメインフレーズみたいなもので、それをアレンジしていくんだ」
「ジャズっぽい感じ?」
「そんな感じ。弾くものは決まってるからちょっと違うけど」


本当は元のきらきら星の後、第1変奏から順番に第12まで弾かなきゃいけないんだけど長いしそんなに数あると好みもあるでしょ、だからさきのは11、4、8、9、10の順番で弾いてみた。

そう宣ったキョウになんでピアノ弾いて見せたんだって聞くのは野暮なことのように思えた。歌う代わりに弾いたんだと思う。
この先もずっとキョウはベーシストだろうし俺はその隣でずっとギターを弾くと思う。人前でシャウトするのと歌うのとは全然違うし慣れないって言ってたし、その代わりに恐らくはあまり人前で演奏してみせないだろうピアノを弾いてくれたんだと、そう思った。

「結局キョウはなんでもできるってことがわかって腹立つわ」
「えー、なんでもはできないよ。俺はハナじゃないしさぁ」
「ハナも確かになんでもできるけどあいつは人間的な生活を送る方面ではなんにもてきないだろ」
「それは確かにね」

人間的にできているのは誰がどう考えても満場一致でキョウだ。これはたぶんファンの子にもそう見えてるだろう。性格面で考えるとどっちも大概駄目だけど、それは俺にも言えることだけど。

「ベースは弾けるし歌えるしピアノ弾けるし、あとなにできんの」
「ギターだと、アコギなら弾けるよ」
「ふざけんな、ならエレキも弾けるわ」
「リコーダーとか?」
「そんなもんどっちでもいいわ!」

はははと笑うキョウが憎たらしい。あんな茶色い縦笛なんかどっちでもいいし。

「…ピアノはいつから?」
「んー、いつだろ。あんまり覚えてないなぁ」

あ、はぐらかされた。言いたくないってことかよ。……別にいいけどさ。

「じゃあ指も動かしたし行こうかな」
「…おう」

見に行くことも素直にライブ頑張ってこいとも言えない俺は、心が狭いんだろうと思う。ピアノを弾けることを知らなかった事実にももやもやしてしまうくらいには。


2015年7/9



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