追記
2015/04/30 11:56

※大学1年5月
※チハヤとヤスヤとハナ



『君とのきらいが重なった
僕の思い通り 自動発火
僕とのきらいが重なった
やっと心が通じ合ったね
数えてよ 好き嫌いはいつも
隣り合わせ』




 再生回数が700ちょっとの4分ないくらいのヴィジュアル系バンドの動画はその歌詞と共にぷつっと無音になり、終わった。

 コメント欄で歌詞を公開してるのはたぶんどういうバンドか知ってもらうため。サビの歌詞だけを聞いたらなんのこっちゃって感じだけど全体を聞くと見えてくる世界観。気味が悪いような得体の知れないなにかを抱え込まされてしまい、それを最後の間奏でも手放すことはできない。そのまま、アカペラで終わることでよくわからないけどやばいっていう感覚を残していく。

 ボーカルの囁くような高音が心地よいイントロ、からの地を這うような低音のAメロからサビ、2番はほとんど同じ構成なのにそのサビは高音でその下でメロディを支えるベースラインは少しずつ変わっていく。
最後の大サビではギターもベースもドラムも全く違うリズムを刻んだりメロディラインを奏でたりしているのに、全部ボーカルに沿っていくのがわかって。

 あっという間に感じさせられる曲で、何度も聞きたい音楽だと思ってしまった。



 今聞いていたのは、2日前に公開されたMelanieの初投稿音源だ。

 パソコンの画面はそのままにしてヘッドフォンを外すと後ろからコポコポとお湯を注ぐ音がした。同時にスープの匂いがして、時計を見るともう午後1時を過ぎていた。
パタパタとスリッパで歩く音が後ろからこちらに近づいてくる。後ろを見れば、テーブルの上にサラダとスープ、近くのスーパーで買ってきた食パンの乗った皿を並べるヤス君がこちらを見ていた。


「メシできたから冷める前に食えよ」
「ありがとー」

台所で手を洗わせてもらってから言われるがままにテーブルの前に座り、スープを口に含んだ。ちょっとだけ甘いコーンポタージュは普通に美味しい。別にヤス君を褒めるとか貶すとかそういうんじゃなくて、インスタントでも美味しいから料理なんてできなくてもいいよなぁも思ってしまっただけだ。

「どうだった?」
「めらにー、のこと?」
「おう」
「……ヤス君はどう思った?」
「キョウがイケメンなことが再確認されて腹立つ」
「あはは、それはもう」

キョウがイケメンなのは一目見てわかること。見た目だけの話ならすぐに、誰にでもわかる。

曲名はキライ、作詞も作曲もキョウ。Melanieのメンバーも公開されていて、ボーカルがキョウ、ギターの2人がテッペイとユカリ、ベースがラムネ、ドラムがキサラヅ。
付けっぱなしにしているラップトップのディスプレイには動画がフルスクリーンで表示されていて、PVでも真っ黒な画面でもなく、ただのメンバーの静止画がずっと画面に映っていた。

「久々にキョウ見たけど、髪の色すげぇ抜いたんだな。白金じゃん」
「…うん」
「色素薄いし真っ白だしただの白い人だな」
「ほんとに…」

メンバーの静止画の中央に立っているキョウは、微笑んでいる白いイケメンでしかなくて、女子にすげぇ受けそうな感じ。
 服はほとんど真っ白でシャツの裾から上に向かって青い飛沫のようなものが飛んでいるデザインになっている。白いジャケットも白いシャツもよく似合っていた。全身がうつってないからどんな服装かはわからないけれど目の化粧からしてヴィジュアル系だった。

 なんだよ、まだなんも決まってないって言ってたくせに。2週間前のことだから唐突に決まったんならそりゃしょうがないかもしれないけど、決まったんなら決まったで言ってくれてもいいのに。
なんかむかつく。確かにもうあいつの身内みたいに扱われる道理はないんだけど、名前で呼べって言われるくらいにはあいつの友人のつもりだったのに。

 ピアスを1つもしていないピアスホールが恨めしく見えてくる。

「つーかびっくりしたんだけど。チハヤが今日まで見てなかったとか」

正面でレタスを咀嚼していたヤス君が俺にちらりと視線を寄越す。パリパリなのかしゃりしゃりなのかはっきりしないその音だけを聞きながら、ああこの人は本当に口の中に詰め込んで食べる人なんだなぁと思った。

「なんで見なかったんだ? 敢えて? あ、でもそのわりに2、3回再生してたな」
「……何回か再生したのはキョウの作った歌聞くのって初めてだったし、なんていうか、うん…」
「じゃあ敢えてではないのか…もしかして知らなかった?」

ヤス君はそうやって笑った。俺はかじりかけたパンを皿の上に置いてヤス君を見る。睨むと言った方が正しいのかもしれない。

「え、ほんとに知らなかったのか?」
「そうだよ…知らなかった」

ヤス君が憎たらしいわけではないけれど、図星というか知らされなかった事実を改めて思い知らされてもやもやする。
 バンド名は知ってたけど、ヴィジュアル系ってことも2日前に音源を動画サイトに公開したこともなにも知らされなかった。俺からも詳しいことをしつこく聞こうとしたり前に会った時以来連絡をとろうともしなかったから、仕方がないのかもしれないけれど。

「元メンバーなのに教えてくれねぇのって…」

ヤス君がなんて励ませばいいのか困ったという顔をしている。ヤス君はそのまま黙っててくれていいから、いちいち困らなくていいから。
単に俺は拗ねているだけなんだ。

「さっき俺が言うまで知らなかったんだ」
「…ヤス君は知ってた?」
「俺はあの、ユカリに公開前日に告知された」
「mαβのギターやってた人?」
「そう。あと言うと、一昨日からナインズにポスター貼ってる」
「ナインズも最近行ってないからな…」

そもそもバンド活動をしていないからMelanieが音源を公開するってことも知れなかったのかもしれない。ライブに出演しなかったらしなかった分、交流もなくなってくる。ナインズっていうかライブハウス自体に出入りもそんなにしなくなる。俺、アクティブじゃないからすきなバンドのライブすら行かねぇし。いわゆる、音源ギャです。
でも、そんなバンドマン同士の関係である前に、キョウとは友人だから教えてくれるって思ってたのに。信じてたとかそんな重いのじゃなくて、なんかもやもやする。なんなんだろ、これ。

「お前みたいなライブハウスに顔出さねぇやつもいるし、そろそろ俺達も動かねぇとな。ハナはなんか言ってたか?」

もやもやについて考えても仕方がないので、思考を中断する。知ってて当然だと思われていたのかもしれない。そう思うしかない。

「……言ってない。つーか最近見てない。GWだから学校ねぇし」
「そっか、お前ら大学生か」

ハナのバンドの誘いにいちのせ君も首を縦に振った。俺と会った翌々日にハナに連絡したらしい。なんでも、大学受験のこととか親とか色々相談だったり説得だったりしていたらしい。地味とかV系できるかわからないとかは考えないことにしているそうだ。尤もすぎる。

ハナ、俺、いちのせ君、シュン、ヤス君。メンバーはたぶんこの5人。何曲かハナが作ったデモ音源も渡されて、各自練習したりアレンジしたり課題はそれなり。でもまだいつなにかをするっていうのはなにも決まってない。期限のない練習ほどだれていくものはない。俺は今まさにそれで、全曲少し触っただけの状態で、まだまだ改善の余地しかないのに放置してすきなアーティストの曲弾いたり√の曲を弾いたりしている。

「俺達はV系だよね?」
「俺はそのつもりだけど、ていうかナギサ? っていう奴は、V系だから入るか渋ってたんだろ?」
「あ、そういえば。じゃあV系だね」
「化粧面倒だからしなくていい?」
「いや、それはしてよ」

ヤス君はお前らドラムの暑さ知らねぇだろーあそこボーカルより照明当たるんだからなー汗で化粧落ちんだからなーと愚痴るけど、少し楽しそうでそれは俺も嬉しかった。新しいバンドの本格的な活動はまだだけど、結局は音楽からもヴィジュアル系の枠からも外れなかったことを嬉しいと思えるのは、賛否両論のあるこのジャンルの楽しさを知っているからだろうか。

「ところでヤス君ドラムうまいの?」
「お前が叩くよりかうまい」
「俺叩いたことねぇし!」

もう食べ終わったらしいヤス君は、スープの入っていたコップにお茶を注いで、そのまま飲んだ。濯がないのか、俺には絶対無理、スープの味がするお茶とか絶対嫌だ。

「あ、スカイプ」
「え、俺の?」
「たぶんヤス君のも? 俺のも通知きてるけど、ヤス君のも光ってんじゃん」
「え、あ、マジだ」

スマホ画面をタップしてスカイプを開くとハナから連絡が来ていた。一斉送信だったから、ヤス君のスマホに来ているのもハナからだ。

「…………えっ、4日には音源載せるって、え!?」
「明明後日かよ。無理ゲーだな」

ヤス君は落ち着いた顔で言うけど、ハナに無理は通用しない。今日は1日で、まだデモテープを少し聞いてなんとなく弾いてみただけで全然完成してないと言っても、ハナが3日後に投稿するっていえばするんだ、間に合わなかったごめんなんて謝罪考えるなら完成させろよっていうやつだ。

「曲はデモテープの、6曲目……やばいどうしよ、どの曲か思い出せないんだけど」
「それはやばすぎんだろ」
「やっぱやばい? ヤス君は難しかった?」
「まあ、それなり。チハヤのパート結構荒れるんじゃね?」
「ハナの曲が簡単じゃねぇのは知ってたけど荒れるってなに!?」

パートが荒れそうってどういう意味なんだ。そんなに難しいのか……。まだ聞いてすらないからなにもわからない。やばいって焦る以前の問題のような気がする。

「けどいい曲になりそうだった」
「それはハナだし。いつも王道からうまいこと外してくるよなぁ」
「で、ハナから……『曲名はカラクレナヰ。チハヤはほぼソロ。ナギサはバッキング基本でたまにハモる。シュンは基本ルート弾きで2番サビからは自由に。ヤスヤはシンバル調整必須』だって」
「……ほぼソロ? どういう…」
「マジで聞いてねぇのな。まず聞け」

ヤス君は呆れながらもパソコンを触って音源を出してくれた。Track6というタイトルの味気ないデモ音源が再生される。
 少しの無音の後アコースティックギターによるカッティング、そして意味のわからないエレキギターの音が鳴り響く。ぶつ切りにしたようなそれはノイズのように聞こえなくもないがちゃんと音階を持つメロディのような役割を果たしている。

唐突に入ってきたシンバル音は聞いたことないような音色で、ただのチャイナシンバルというわけでもなさそうだった。あんまり詳しいことはわからないけれど、ここがシンバルの音色調整必須のところで、ヤス君苦労するんだろうなぁと思った。
そして、人の心配をしている場合じゃないことにその後すぐに気づいてしまった。

「……な…にこれ…」
「な、荒れてるだろ」

アドリブとまでは言えない程度にラフなギターのメロディラインはベースの規則正しいルート音からは浮いているけれど、他のギターのバッキングによって押し潰すように押さえつけられて曲に違和感を与えない。そこに入ってきたボーカルのラインを縫ったりハモったり重ねたり絶え間なくボーカルの下で独自のメロディを奏でている。
パソコンのDTMソフトで作られた、あくまでもデモ音源でしかないから音量調節、スライドとかチョーキングとかの小細工は各自適当にすべきなんだろうけど、リードギターだけは忠実に弾く必要性しか感じられなかった。
 間奏の間のみ上へハモってくるギターのバッキングとのメロディが綺麗だと思った。ハイハットの刻む規則正しいリズムとは裏腹に不規則とも言えるスネアドラムとリードギターの音色。

なにこれほんとに。
1回は少なくとも聞いてるはずなんだけど、なぁ。


「歌詞の意味は相変わらずわかんねぇな。そこがいいけど」
「……うん…」
「…あと3日だけどチハヤ大丈夫か?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかっていうより不可能だからなぁ…」
「おお…」
「でも完成させるし無理とか絶対言わねぇし。ハナがするって言うんならするしできるんだよ」

無理なんて言えるわけない。ハナがぎりぎりに日程を設定したのにもこんな難しい曲にしたのにも理由があるはずだから。
期待されてるからそれを裏切ったら駄目だなんて思っちゃいない。ハナは俺がこれを完成させられると思ってるから渡してきた。それを無理とはねのけられるような根性は俺にはないし、ハナができるっつったらなんでもできると思ってる。

「…」
「なに、なんで呆れてんの」

気づけばヤス君は目を細めて眉間に皺を寄せていた。完全に呆れてる。完全に引いてる、なんでだよ。

「まだ√でやってる時はキョウのベースに合わせれるのは俺しかいないって言ってただろ」
「いや、キョウの隣でギター弾けるのは俺しかいないって言った」
「だいたい一緒だろ。で、ハナにやれって言われたらやるしできるんだろ? ずっと思ってたけど、お前らのその自信っつーか信頼っつーか……なんなんだよ?」

ヤス君は本当に意味がわからないという表情で俺を見る。そんな顔されても困るんだけどな、なんなんだと聞かれてもな。

「俺からするとハナとキョウは特別だし。なんか、うん、すげぇじゃんあいつら」
「確かにそうだから、俺もmαβでキョウとセッションしたし、今回もハナの誘い引き受けたけど、チハヤのハナとキョウへの心酔みたいなのって俺からすると異常」
「心酔はしてねぇよ。きもいじゃん」

間違えてもあの2人を心酔なんかしてない。2人共歌うまいし楽器できるしV系の化粧しなくてもイケメンだし勉強もやらなくてもある程度はできるタイプだったから、うらやましい部分はかなりあるけれど性格面は難しかねぇから、心酔とか崇拝とかそういうの、絶対ない。ありえない。
ヤス君は納得いかないようでスマホを置いて、顔をずいっと近づけてきた。


「さっきキョウの新しいバンドのこともかなり拗ねてただろ。てか今も拗ねてるし、ついでにいうと√なくなってからお前元気ないし√結成した時もすげぇキョウの後ろにいて人見知りしてたんだろ? スタジオ練ちらっと見た時サイドギターとドラマーとお前とで喧嘩してんのかと思ったわ! 対バンの打ち上げでもハナはともかくお前も愛想ねぇしキョウの後ろ隠れるしファンに声かけられてもお礼しか言わねぇし! だから蜜になりてぇ女から守ってやってたんだよ知ってた!?!?」
「そんな理由だったの!?」

説教みたいにずらずら並べられた言葉に圧倒されてしまったけど結局は俺が人見知りしてるってだけだろ。最初から最後まで人見知りしてただけじゃねぇか! 心酔なんかしてねぇじゃん!

「…それに女から遠ざけねぇとキョウが怒んだよ」
「……えっ。キョウが?」
「そう。取っつきにくいし人見知りで口も悪いくせにすぐ情が移るからファンに付き合いたいとか言われたら断れねぇだろうから、できれば見てやってくれって」
「……マジで? キョウにそんな心配されてたのかよ…」

わけわからん。心酔されてるって疑われたりキョウのことで拗ねてたけど、心配っつーか気遣われていたことになんともいえない気持ちになったり、ヤス君は俺をどうしたいんだ。情報が多すぎて意味がわからなくなってきた。

「とにかくチハヤとハナとキョウは√の時からずっと3人が3人を特別視してる感じはあった。他のメンバー2人よりもバンドへの熱量の違いかと思ってたけどそれが原因じゃないのも、見ててわかった」
「特別視って言われたらそんな気もするけど、だってキョウとハナの世界観ってすごいじゃん」

それはわからないことでもないけど、とヤス君は一呼吸置いてから俺を見る。

「俺からしてみればその2人とやっていけてるチハヤも普通じゃないし、正直怖いけどな」
「……俺は普通だし。怖いの意味わかんねぇし」
「ハナと話すの変な緊張しねぇの? 俺もそれなりに付き合い長いけどちょっと考えてしゃべんないと駄目だって思う時多いし」
「そうは言ってもなぁ」

食べ終わってから食器を台所に運ぶと水につけといてとだけ言われたので、言われた通りにする。その間にヤス君はスネアケースとスティックケースを持ち出した。

「スタジオ行くの? …予約してたのか」
「してねぇけどナインズのバーテンしてるから結構融通きくんだよ。金は普通にかかるけど隣のスタジオくらい貸してくれる。チハヤも行くだろ」
「あーでもギター家だし」
「取りに行くぞ。3日後っつーんだから練習すっぞ」

どうやらヤス君は車を出してくれるらしい。チリリンと車のキーのストラップが届くのであれば音をたてたのを聞いて、俺も鞄を持って忘れ物の有無を確認する。

「レコーディングいつとか聞いてる?」
「…明日くらいにする気がしてしょうがないんだけど、いくらハナでもそんなことしねぇよな?」
「いや、それありえる」

なにそれ笑えねぇ、とヤス君は苦笑いをこぼした。俺はというとハナに出された課題に四苦八苦している2時間後を予想して時間がゆっくり進めばいいのにと思った。




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