追記
2014/10/31 09:55

※大学1年4月
※チハヤとキョウとナギサ


 シュンと会った翌々日。
俺はキョウがギターを買いに行くと言っていたのでそれについていくことにした。
一緒に行こうと思った理由は特にない。授業も午前で終わる日だったしエフェクター見たかったし、なんとなく? それだけで、理由としては十分だと思う、うん、なんの変な動機もない。あれ、誰に言い訳してんの俺。

「きょーう」
「なあに?」
「どこの楽器屋?」
「いつもの。三國楽器。あ、俺そこでバイトしてる」
「えっまじかよ!」


三國楽器と言えばナインズの近くの楽器屋で俺もよく使う楽器屋だ。ギターベースはもちろんドラムの機材も揃ってるしキーボードもアンプも多くて大人気の楽器店かと思われがちだけど如何せん店長が無駄に怖い。

なにが怖いって2メートル近くある高身長と彫りの深い顔、三白眼、あと声が地を這うように低いところ。ほぼ全部か、全部怖い。だからギターかっこいいなっていう冷やかし女とか彼女連れて楽器屋に来るなんちゃってバンドマンなんかは全く来ない。店長の知り合いが知り合いを呼んで客が増えて、そこそこ繁盛する店になったらしい。

ちなみに俺は、ハナに連れていかれたのと、ヤス君に三國楽器について教えてもらったから知っている。ハナはたぶん店長が怖いっていうのは眼中になくて、ただ品揃えがいいから機材はあそこで買うって決めているのだろう。
 そんな三國楽器で、キョウがバイトするってことは、それはつまり。

「客層のテコ入れか…?」
「えーなにがー?」

こちらを向いて首を傾げているキョウはにっこり微笑んでいる。
切れ長で男っぽい眼なのにそれが三日月の形になっていて、口角は綺麗に上がっている。紅茶みたいな茶髪は肩まで伸びていて毛先には緩いパーマ。優しくて物腰が柔らかくてかっこいい男性そのものって感じ。

外面はいい。
内面的な意味でも外面だけはすごくいい。高すぎず低すぎずの声は落ち着いてるように思えるし平気で寒気のするようなかっこいい(恥ずかしい)台詞だって言うし、基本が紳士だし。実際に考えてることとかやってることとかは下衆でしかないことはまた別の話。ちょっと変態くさいとか言ったところで誰も信じないだろうし。

 要するにキョウはイケメンなんだよな。こんなイケメンを雇うなんて、三國さんももっと稼ぎたいのだろうか。キョウの顔ファンだって相当数いるし、ましてや歌もすきっていうのはさらに増える。
三國さんの、キョウと繋がりたいファンに間接的に貢がせるって寸法だろうか。あまりいい気はしない。

「なんでお前雇ってもらえたの」
「ベースの担当者がやめたんだって。だから」
「……」

三國さん、色々勘ぐって非常に申し訳ない。単純な理由過ぎてなんか恥ずかしかった。
 ……まあ、うん。単純に羨ましい。楽器屋でバイトって、ギターの最新モデルのこととかライブ情報とか結構早くに耳に入るし客と色んな会話できるし。
あ、でも俺あんま他人と話すの向いてねぇわ、接客ほんと無理。高校生の時してたコンビニバイトなんか相手の顔見てなくて、早朝に訪れた酔っ払い客にめちゃくちゃ文句言われたことがある。そのほとんどは日本語として聞こえない呂律の回っていない言葉だったから傷ついたり変に言い返したりはしなかったけれど。
 キョウもそんなに社交的じゃないくせに、接客はできるってか。なんだそれずるくないか。

 三國楽器に着くとキョウは真っ先にボーカル用のエフェクターのところに向かっていった。
そっか、あいつとはもうバンドメンバーじゃなかったんだった。いまいち自分の中の時間が進んでないのを感じる。高校生の時と変わらないように感じてしまうのは新しいバンドが始まってもいないからだろうか。
俺にとってキョウはいつも隣に立っているベーシストだったし、別のセッションバンドでボーカルをしていたのを見て歌う方がすきなのかもとは思ったけれど、マイクを持つよりもベースを持ってるのを見る方がやっぱりしっくりくる。
 店員も呼ばずにしゃがみこんでショーケースの中のエフェクターを吟味していくキョウを眺めていた。

「ベース続ければいいのに」

そうしたら思わずそんなことを言ってしまった。あーあ、言うつもりなんかなかったのに。これからボーカルとしてバンドする奴にそんな、後ろ向きなこと。
もう少し考えて発言すべきなのに、それができないのは俺が子供で我儘で自己中だからか。目の前にいるこいつもそこには当てはまっているけれど。

「なんで?」

気を悪くした様子はなかった。苦笑いを浮かべながら俺を見上げてくる。
キョウを目の前にすると、隣でギターを弾きたいからなんて言えなかった。無理、そんなこっ恥ずかしいこと言えるわけない。俺はキョウみたいに紳士的な王子様(笑える)みたいなキャラじゃないしハナみたいに神経が図太くない。

「なんか、思っただけだし…。まだなんか、キョウと同じバンドってイメージが強ぇんだよ」

なんとか口にした理由は少し苦しいものだったかもしれないけれど、キョウはあははと軽く笑って流した。再び目線はショーケースに向けられていて、今のほっとしたような表情は見られなくて済んだからよかったと思う。きっと俺の表情とか心境の変化にはなんとなく気づいてるのかもしれない。でもキョウは紳士だから、気づかないフリくらい普通にしてくれる。

「もう解散したのにねぇ」

ほらな。
本当に気づいてないのかもしれないという線はなしで。
 お目当ての品があったのかどうなのか、キョウは立ち上がる。俺より背が高いから、目の高さももちろん俺より上にあって。上から少しでも見られるとなんだか居心地が悪くなる。見透かされてる気分になるけれど、こっちはキョウがなにを考えているのかわからない。
キョウは近くで整理していた店員に声をかけて目星をつけたらしいエフェクターをいくつかを出してもらえる呼ばずにように頼み始めた。店員を待ちながらもショーケースを見つめている。不意に口を開いた。


「あとさ、チハヤ」
「あ?」
「俺もう、キョウじゃないんだよね」
「……えっ」

え? なんの? どういうこと…キョウってのがお前の名前で、3年間名乗ってきたのに?
突然言われた言葉に戸惑う。

「これからは響ね」
「……ひ、びき?」
「そ、Melanieのボーカルの響」

めらにー…の、ボーカル、ひびき。
それって新しいバンドの名前かよ、どういう意味なんだよ、つか響って本名じゃん、え、なんで? どういう心境の変化? え、それってつまり、他の同業者にもファンにも全員に知られるってこと? これからは全員に響って呼ばれるってこと?

「…なんで今更」
「特に理由はないけど…うん、ない」
「……」
「強いて言うなら漢字にしたかったからかな。あとキョウだと名前叫ばれた時なんかおもしろいし、パートも変わるんだしいい機会かなぁって」

……強いて言うくらいの理由なら別に変えなくていいだろ、なんなの。
キョウのことヒビキってちゃんと本名で呼んでる奴って今まで会ったことがなかった。学校では朝比奈って苗字、バンド関係ではキョウ。誰もヒビキって呼ばない。それが、不特定多数が呼ぶようになるんだろ? 
俺だって呼ばないし。なんか、やだ。

「チハヤ?」
「…」
「つん?」
「っ、」

俺のことをチハヤ以外の呼び方をするのはハナとキョウだけ。逆にキョウのことを響って本名で呼ぶのは俺とハナだけ。なのに。
なんだこれ、なにこれ。
なんて言えばいいんだよ。
俺はこれになんて返せばいいんだよ。
ただの報告だよな、これからはややこしいからキョウって呼ぶなっていう注意っていうか、けじめっていうか。…けじめだとしたら、なんだよ。
確かに新しいバンドが始まるんならけじめとか区切りとかってやっぱ大事だし、俺もそれはきっちりしないとだめだなって思ってたけど、キョウがそれをするのは……なんとなくいやだ。
もやもやする。

 キョウの目を見れなくなった。どうしよう、俺。今どうするのが正解なんだろう。



「やめる」
「……えっ」


思ってもいなかった言葉に顔をあげる。突然の改名宣言と同じように言われた言葉はそれの撤回だった。
キョウは笑う。よく目にするあの胡散臭い笑顔で。


「キョウのまま行くわ。つんはすきなように呼べよ、響でもキョウでもすきにして」
「なん、で…」

後ろから店員が走ってきてショーケースの鍵とシールドやらマイクやらなんやらを持ってショーケースを開け始めた。
俺の疑問の声はケースを開けるがらがらって音でかき消されてしまったらしい。

キョウ君、ちょっと奥行ってるから15分くらいは来れないかもそれくらいしたらこっちから行くね。わかりました。なんて店員とのやり取りを耳で聞き流しながら、またさっきみたいにエフェクターを触るキョウを眺める。
 正直ほっとした。本名で活動するのはやっぱりやめるって言われてよかった。俺の一言でそんなことを簡単に決めるのかって思ったけど、安心してしまったからそれ以上の追求はよしておく。

『あーあー…これ結構フィルターかかったみたいになるね。"這いつくばれぇぇ気持ちを知れぇぃ"』
「っは、なんだよその歌い方、ハナの真似?」
『違うよ、酔っ払ったヤスヤがハナの真似してる時の真似』
「ははは!」

前のバンド、√の曲を歌うハナを真似をフィルターみたいなエフェクトかかった時にするキョウも大概だけど、ヤス君もやっぱりさすがだな。ハナの真似なんか、なんとなくであってもハナを馬鹿にするためであっても誰もしない。
そのくらいあいつの歌は難しくて真似したら自分の下手さがばれる。ちなみに俺も、歌いはするけど真似はしない。ハナのハナによるハナだけのための歌だから、真似したらなんだか価値が下がってしまいそうな気がする。

『ふふっ』

つられたようにキョウも笑う。目元が緩む優しい笑い方はやっぱなんか胡散臭いけれど、あの卒業式以来少しだけマシになった気がする。なにがと聞かれたらたぶん答えられないけれど、なにかが変わった。薄っぺらくなくなった? いや、最初っからぺらくはなかったんだよな、ぺらくは。……バンドを解散して距離ができてちょっとだけ会う機会が減ったり高校生じゃなくなったりしたことで俺もキョウも大人になったからか?
……わからん。

『笑うとかわいいよね』
「…いきなりなんの話だよ」
『つんって笑うとかわいいよね』
「はぁ?」

かわいいってなんだかわいいって。

『そうやって笑っててほしいなぁ』
「だからいきなりなんの話なんだよ」
『つんが嫌そうな顔するから』
「はぁ?」

話が飛躍しすぎている気がする。なんのことを言ってるんだこいつは。
俺が笑うとかわいいのは(認めないけれど)置いといて、嫌そうな顔ってなんだよ。わかんねぇ、わかんねぇけど、そんなことをマイクを通して言わないでほしい。

『つんにはむすっとした顔じゃなくて笑っててほしいから、響って改名すんのやめてこのままキョウでいくって話』
「なっ、っし、してねぇよ!! なに言って、ちょ、とりあえずマイク切れって!」

急いでマイクアンプのボリュームのつまみをゼロにしてやった。けたけた笑うキョウの声が恨めしい。
背中に変な汗をかいた気がするのはきっと気のせいじゃないのだろう。ついでに顔が熱い気がするのは、気のせいかなにかだと思うことにする。

「……なに言ってんだよ。なんのつもりで…」
「でも間違ってはいないでしょ?」
「それ、は…、」

否定できなかった。俺は嘘をつくのが下手だし顔にすぐ出るから嘘は吐けない。キョウって名前のまま活動するってきいて安心したことは事実だった。

 キョウは音が聞こえそうなくらいにっこりと笑った。今の顔は優しくてかっこいいキョウっていうバンドマンじゃなくて、悪意しか持ってないんじゃないかってくらい毒が強くて肉食系の、ただの響の笑い顔だった。

「なんでつんは、俺が本名を名乗ったら嫌な顔するんだって質問する気はないから」
「っ、」
「安心して」

それだけ言い終わるとまた胡散臭い顔。キョウを出したり響を出したり。どちらもまぎれもなく響でしかないんだけど、二重人格みたいだなおい。

「なんなの、なんなのお前」
「なあに、チハヤ」

にっこり笑うなてめぇ、腹立たしいわ。

「……マジで意味わかんねぇ。俺ならキョウでも響でもどっちで呼んでもいいってどういうつもりなんだよ、本名ばれんぞ」
「そんなの、チハヤが気を付けたところでハナが本名で呼んじゃうんだから一緒だし」
「それは、そうだけど」
「どうやったらチハヤに響って読んでもらえるかなぁって思ってさ、考えた結果、芸名を変えるのが1番だよねって」
「……」
「まさかの収穫があってびっくりしたけど」

恥ずかしさやら居たたまれなさやらなんやらで非常にもやもやしたのでキョウの腕をひっぱたいてやった。痛いよと呻いたけれどそんなもん自分が悪いんだろ、自業自得だって話だ。

…俺に、キョウって呼ばれんのは嫌なのか。
それを尋ねる勇気はなかった。変な期待があって、それは高校時代からの知り合いだからハナと俺は本名で呼んでもいいって、元メンバーだから特別扱いみたいなのしてくれてんのかなって。でも特別扱いされてるなんて思えない。そりゃあ付き合いもそれなりだから友達の1人くらいには思われてるのだろうけど。
 俺と同じでキョウも、バンドマンのキョウじゃなくてただの大学生の響に戻りたい瞬間があるから、そうしてくれって頼まれてるんだろうな。

きっとただそれだけなんだ。でも事実を尋ねない限りは期待してられるから、大人しくそれに応えてやる。

「たまには響って呼んでやるよ」
「ははっ、頼んだよ」
「……頼むことではないだろ」

妙な沈黙の後、店員が来たので話は中断した。キョウはほしい音があったらしく店員に詳しく聞いている。この店員、ハナのことすげぇ苦手にしてる奴じゃん、思い出した。
ハナが来ると大量の汗を流しながら接客してる。ハナのこと苦手だと思わない店員なんて見たことないから、まあそれは仕方ないのだろう。


 しばらく時間がかかりそうな様子なのでここから離れてギターの階に行くことにした。ボーカルとかスピーカーとかが今いる2階で、ギターは地上階。この1階が異常に入りづらい雰囲気出してんだよな、うん。ぱっと見では楽器屋っていうよりミリタリーショップっぽいからな。その上看板ねぇし、入り口のドアは半透明で中の様子は全く見えねぇしついでに人の気配もない。客はそこそこいるのにな。

 階段を下りると平日はいつもいる全身ピアスと刺青だらけの店員(ギターフロア担当の東城さん)と目があったので軽く会釈する。試奏の時は声かけろよ、声かけて下さいとやる気と丁寧さのない声をかけられた。相変わらず接客する気は全く見られないけれど、エフェクターのカスタムとか改造とか何者だってレベルで上手いから平日に好んで行くことの方が多い。
最近この店に飾り始めたボディがブーツ型のギターも東城さんが改造した。ちなみに非売品のつもりらしく、どうしても買いたい場合は100万で売るそうだ。本人いわく、元は3千円で買った中古ギターだから商品にしたらだめだとのこと。


 なにか新しいものがあればいいなと店内をうろうろしていると直立不動でギターを眺める黒髪の男がいた。一点を見つめていて、たぶん壁に掛けられているブラウン系のギター、ギブソンのレスポール。スタンダードで今年出たやつ。やっぱレスポールはギブソンだよなぁ、王道だしな、東海とかESPとかもいいけどな。

……でも、あいつ俺とキョウが店に入ってきた時もあんな風に見てた気がする。少なくともあの位置にはいた。は? え?



「ところでチハヤ」
「ぅお!?」

仁王立ち男を見ていたら真後ろから突然声がして飛び退くと、右手でボールペンをノックしまくりつつ小脇にクリップボードを挟んで抱えている東城さんが座った目で俺を見ていた。

「ところでってなんですか、いきなりすぎて焦る…」
「あーうん。でさ、東海のSEBシリーズいる?」
「……えっ、くれんの?」

いろんなことが突然すぎて反応がついていけてないけど、今すげぇびっくりしている。東城さんが誰かにギターをあげるって滅多にない。仕事柄よく使わないのとか展示用のやつとかもらうらしいけれど、ほとんど解体して部品として他の改造に使うらしいから。明日は槍でも降ってもおかしくないな。

「シースルーホワイトってお前のすきな色じゃねぇよな。2千円と塗装代で適当な色に変えて売るけど、いる?」

あ、売るのか。よかった、明日は槍はさすがに降らないだろう。でも雨は降るかもしれない。

「今あるんすか、そのギター。試し弾きしていい?」
「あるけど。2千円なんだから黙って買えばいいだろ安いじゃん。俺がお前の弾き方に合わない上に使えないギター譲るわけねぇだろ」
「それはそうかもしれないけど…。あーもうわかった買いますって! 黄色で!」
「まいど」

無理矢理感が否めないけれどこのシリーズは音に深みがあるって誰かが言ってた気がする。持っていて損はないだろうし、その値段で東海のギターを買えるのはすげぇお得だからもうなにも言うまい。

「ちょうど午前中にもらったんだけど俺このシリーズ2本持ってっからやり場に困っててさ。今日来てくれてよかったわ」
「俺来なかったらどうするつもりだったんですか」
「あそこのギブソン見てる奴にでも譲ろうかと思ってたけど、ギブソンモデルのギターとか引き受けてくれんのか謎だよな。持ちかけた時点でキレてきそう」

東城さんが指差したのはブラウン系ギターを見つめる仁王立ち男。

「や…、それはないんじゃないですか? 高校生くらいだし、そんな玄人ならあんな風に仁王立ちします?」
「しないな。そもそも一見さんだわ、初めて見た」

あくまでもひそひそ声で会話を交わし、その様子を眺める。本当になにしてんだあれ…。

「まあいいや。ギター出すから色つけるとこ決めて」
「あ、はい」

東城さんはのそのそ歩きながら倉庫の奥に行った。俺は試奏の際に使うアンプのそばの椅子に座って戻ってくるのを待つ。そういえばキョウは卒業記念の歌完成したんかな、あとで聞いてみよう。

「チハヤ。1回音出す? どうする?」
「え、試奏させてくれんの!?」
「ちげぇよ。どうせフィンガーボードとかも染めるんだろ、触り心地とか塗装の材質によっても色々違うだろうが……結果試奏になるか」
「…さすがにそれ以上はわかんないから任せる」

ギターはすきだけどそこまで細かいことはわからないし気にしない。触り心地がざらざらでもそれはそういうギターなんだって思ってしまうし。余程じゃなければわりとどうでもいい。
シールドで繋いで音を出す準備ができたようなのでボリュームやらゲインやらを上げて弦をはじく。

「…サスティン長めっすね」
「おー、音の粒揃いやすいからお前結構すきだろ」
「はい…いいなぁ」
「しばらく弾いてろ」

そう言って東城さんはメモを取っていく。字が汚すぎて読めやしないけれど、たぶん色だけじゃなくて中身もなにかしてくれるのだろう、またはこのギターとセットでエフェクターを売りつけるか。売りつけてくる商品は実際いいものばかりだから断る理由はないんだけど、いかんせん俺も学生でバンドマンだから金がない。
もう大学生だしヤス君とか周りの大人達とかにガードしてもらうってこともないと思う。だから蜜だって簡単に作れる気がする。……いや、できるだけ作らない方がいいのはわかってる、バンドマンには偽物であれ本物であれ彼女は邪魔にしかならない。その有無で売れる売れないさえも決まるんだから。


「て、え、うわ、東城さん」
「どうした?」
「あれ、あいつ」

指を差したり顔を向けたりせずに仁王立ち男を見るように促す。今、俺が一瞬見た時、そいつはこちらをそわそわした様子で見ていた。

「……万引きか?」
「それは違うと思う」

さっきまでじっとしてたし、あのギターもあいつの身長じゃうまいこと取れないだろう。
もしかして、あれかな。

「試奏したいんじゃねぇの」
「それならさっさと声かけるだろ」
「…自分の見た目の怖さ理解してます?」

ノストリル、アイブロウのピアス、あとは右手の甲の刺青くらいしか見えてねぇけどよく見たら首筋にもピアスがあって(ヴァンパイアって言うらしい)、そんでへそピ、腰ピ。背中には細々した模様みたいな刺青。俺が知ってるだけでもこんなにある。
店員ではあっても外見がこんだけパンピじゃなかったら声かけんの躊躇うだろ普通。特に高校生とか初めて来た人とかなら尚更。

「あんまり声かけたくない」
「でもあれは明らかにかけてほしそう」

接客のやる気かないのは今に始まったことではない。人見知りではないけれど人に興味がないからある意味俺よりも接客に向いてねぇんじゃないかとも思う。初めて来店するやつは絶対に土日に来るべきだ、土日の店員さん(名前知らん)はすけぇ優しいから。知識は十人並みだけど、店員として十分通用するしな。

「それより、もう弾くのいいわ。フレットは塗らないけどいい?」
「あ、はい。切りますよ?」
「おー、んでギター貸せ。明後日以降取りに来て」
「はい」

アンプのつまみを全部ゼロにして電源を切ると、ギターを奪うように引ったくられ、そのまま東城さんは倉庫へ向かっていった。

 一方で俺はというと、どうしても仁王立ち男のことが気になっていた。童顔なら本当に申し訳ないけどどう見ても俺よりは年下で、東城さんに話しかけようとしているようにしか見えなかった。
そうとしか見えなかったからにはこっちから声をかけてやろうと面倒見のいい奴なら思うのかもしれないけど、生憎俺にはそんな面倒見の良さも初対面の奴に話しかけに行く勇気もなかった。


「つーん」
「ひっ!」

階段から下りる音が聞こえていたけどまさか自分が呼ばれるとは思ってもいなくて情けなくも声をあげてしまった。
振り返ると楽器の袋を持ったキョウがびっくりしすぎと言いながら笑っていた。くっそこいつには笑われてばっかな気がする。腹立つ。

「いきなり出てくんなよ…」
「それは無理でしょ、どうしろって言うの」
「うっせぇばーか」

シールドを巻いてアンプの上に置くとキョウが興味津々といった風に視線を寄越してきた。

「なんかいいのあった?」
「おー。東城さんがギターくれるって2千円で買い取った」
「ほんとに? あの東城さんが?」
「な、珍しいよな。キョウは結局なににしたんだ?」
「マルチにしといた。無難にね」

そう言ってキョウは袋を持つ左手を持ち上げた。袋の中を覗かせてもらうと、白い大きめの箱と何枚かの買い取り広告、なんかのライブのフライヤーが入っていた。
フライヤーを見ると、俺らも高校生の時ライブの宣伝で三國楽器にチラシ配って下さいとかポスター貼らせて下さいとか色々やったことを思い出した。また新しいバンドでもしなきゃだなと思うけど、あんまり楽しい作業じゃないというかお願いしに行くのはあまり得意じゃない。いくら知ってる楽器屋でも馴染みのライブハウスでも、話すのってやっぱ緊張すんだよ。


「フライヤーってさ、懐かしいよね」
「!」
「またこういうことしなきゃだね」
「そ、だな」
「あれ、懐かしくもなかった?」
「いや…同じこと考えてたからちょっとびっくりしただけ」

キョウは一瞬きょとんとした顔を見せた。あ、この顔なんか、すげぇいい。ちょっと気まずいことを言ったような気もしていたけれど、それは杞憂だったらしい。キョウはちょっとだけ笑った。

「あはは、以心伝心だね」
「……お前と以心伝心とか、なんか嫌だわ」
「ひどー。いいじゃん心が通じ合うって素敵なことでしょ」
「薄ら寒いわ」

しかもそんなこと言うのかよ、以心伝心って、心が通じ合うって。ちょっとかわいいことなんか言わないでほしい。ギャップ的なものを感じてしまった。


「つーかキョウの新しいバンドってV系?」
「うーんまだなんも決まってないかなー」
「え、まじか」

バンド名は決まってるからたぶんメンバーもそれなりに集まってる。でもメンバー集まってからV系かそうでないかを決めるのって難しくないのか。化粧にも女形にもその他にも毛嫌いする人はいるし方向性決まってないのにメンバーは集まったのか…どういうことなんだ。
 疑問に思ったけどそれ以上言及する気はなかった。俺がキョウのバンドに興味津々とか絶対思われたくない。

少し妙な沈黙になってしまったがそれはまたもや背後から打ち砕かれた。


「あの! ……る、るーとの、……。あと、あの、mαβのメンバーの方、ですよね?」

√といえば俺もだけど、mαβの言葉に力がこもってたんだからキョウに用だ。振り返ってみると、後ろにいたのはギターを眺めていた仁王立ち男。意を決したという表情がなんとも言えない。

「そうだけど」

出た、キョウお得意のよそ行き笑顔。言葉だけ聞いたら冷たくも感じるけれど纏う雰囲気が妙に優しげだからな。営業スマイルはさすがだと思う。見習わないといけない部分でもある。

「お、おれ、結成からずっと見てて、そんでライブも何回も行って、mαβのボーカルの、キョウさんがこんなとこにいるなんて、思ってもなくて、それで、」

一生懸命に話しているのはつまりは、あこがれの人だからってとこか。なんか見てて、ものすごくむずむずする。かゆい。

「mαβのLyricとか変幻自在とか、すごくすきで、でも期間限定だったし……、√のライブも行きました、ち、チハヤさん、ですよね、も、すごくギターがきれいで、なんであんな風にリズムを刻みながらメロディラインを混ぜれるんだろって、キョウさんもスラップしてるのに叫ぶとことかすきで、あの、」

本格的にかゆくなってきた。てっきりキョウ目当てのファンだと思ってたらキョウからの√ファンだった。こんな風に初対面でかっこいいとかうまいとか抽象的な誉め言葉じゃなくて、具体的に褒められるのってあんまないからなんとなくむず痒い。かゆい。
 俺がそんなになってるのに、キョウの笑顔を絶やさないあたりはさすがとしか言い様がない。

「√のライブに来てくれたことがあるんだね、ありがとう」
「え、いや、っとんでもないです!!」

首をぶんぶん振って否定するこの子はどうやら年下のようで、なんとなく顔も幼い。ヴィジュアル系がすきなんて意外にも見えるくらい派手な感じも暴れそうな感じもない普通の子。エレキギターよりもアコギが似合いそうなフツメン。

「おれ、ライブ中もあんまり前の方とか行けなくて、それでも√やmαβをずっと見てたっていうのがすごく誇らしくて…」
「確かに、うちは特に身内と女の子が多かったからね、ごめんね、でも居づらかったのに来てくれてたのはすごく嬉しい」
「ほんとに! おれがすきで、ほんとにすきで…」

この子はやたらと必死なように見える。まああこがれのキョウさんとやらに会えたのなれば必死か。そりゃこいつは頭もいいし顔もいいし運動神経もいいしセンスもいいけど。
別にキョウのことをうらやむわけじゃなくて、どっちかというと俺の方がキョウのことよく知ってるのにみたいなきもいやつ。考えるときもくなるやつ、うんやめよう。

「で、ずっとギター見てたけど、ギター弾いてるんだ?」
「はい! といってもアコギとかピアノとかばっかりで今回初めてエレキを買おうかと…」
「へえ、じゃあここの店初めてなの?」
「は、はい…ナインズの近くなので、1度は来てみたいと思ってて、それで…」

ふーん、まあ√とmαβ知ってたら三國楽器のことも知ってて当たり前っちゃあ当たり前か。いやでもどうなんだろ、ここでファンだって子に1度も声かけられたことないから案外知られてないのかもしれない。または俺のオーラが無さすぎて気づかれてないとかいうでもあれかな、傷つくやつかな。

「バンドするの…? あー名前」

てキョウさん名前聞くのかよ。どんだけ食いついてんのお前なんなの。それも社交辞令の一環なら尊敬するわ。普段引くほど他人に興味ねぇくせに。

「いちのせ、な、なぎさといいます……! バンドはちょっと、まだ、わからなくて…」

フルネームで答えるのかよ、そこはなんか弾き語りとかしてんならその時の名前とか…してねぇのかな。
つーかあれ、ナギサってあれ? なぎさ?
思い当たる節があって、なぜか隣にいるキョウの服の裾をつかんで軽く引っ張ってしまった。キョウが目線でなんだと訴えてきたのでとりあえずズボンの尻ポケットの方に指を引っかけさせてもらった。人差し指と中指を引っかけたが、キョウが実際になにかを言うことはなかった。

「そっか、じゃあいちのせ君のとこと対バンするかもしれないんだ」
「そ、そんな! とんでもない…!」
「ははは、まあよろしくね。ごめんね時間とらせちゃって、ゆっくり選んでね」
「は、はい!!!」

なんとまあ元気な返事なんだろう。感心したわ。キョウがついてこいと言わんばかりに俺を見たからその体勢のままついていく。少し離れたピック売り場でキョウは足を止めた。

「チハヤ、なんなのこの手は」
「なんかここに落ち着いてしまったからです」
「なんで敬語なの」
「今俺いろいろ考えてるからちょっと黙れよ」

なにそれと笑った息づかいが聞こえたけど無視する。
いちのせ、なぎさ君。とやらはたぶん年下でピアノと、アコギではあるけどギターも弾けて失礼だけど顔に自信がないっていうか自分に自信がないんだろうなって感じはすごくする。目線をずっと合わせようとせずちらちら見てくるとことか。あとなにより名前なんだけど、ナギサって名前はそうそうあるものじゃないしこれはまさか、いやまさかまさか。こんなところで?


「いちのせくん」

意を決して話しかける。キョウがぴくっと動いたのは俺が自分から人に話しかけるのが珍しいからだと思われる。人見知りだってやるときゃやるんだよ。と思いつつ、キョウのポケットには指を引っかけたままだ。

「は、はい…?」

あーびっくりするよなそりゃなぁー、√の時もチハヤは無言でたまにコーラス入れるだけで全然話さないもんなー。今も初めていちのせ君に対して声だしたし。

「もしかしてだけどさ、バンド誘われてる?」
「え、あ、はい、そうです…」
「しかもサイドギターだけど上手立つように言われたりたまにリード弾けって言われたりした? でもいちのせ君はV系やる自信がないみたいな感じで断った?」
「は、い…なんでそれを…」

俺も大概人と目を合わせられないけれど、俺より下にある目がちらちら見てくるのもあいまってまっすぐ目を見て話すことができた。自分よりできない人がいると安心する的なそういうやつだな。

「そのバンド誘ってきたやつってハナだったんだけど、気づけてた?」
「……えっ!!?」

気付いてないのか。

「ハナのことだから眼鏡かサングラスにマスクして帽子かぶったままで路上でいきなり声かけてきたんたろうけど、ハナって気づけてた?」

早口にそう言うといちのせ君はパニクったらしく、え、え、と言葉にならない声を発し続けている。
キョウは笑っているけれど俺の顔をうかがっているのがわかる。目が鋭い。

「ハナ、さんって、るーとの、ボーカルの、」
「そう。新しいバンドするっつって、あとギターだけなんだよね。連絡先とかもらった?」
「あ、は、はい、」
「ちょっと見せて。ハナか確認する」

いちのせ君はあわあわしながら携帯を取り出した。ちらっとキョウを見ると目を細めていちのせ君を眺めている。不用心なやつだなぁって思ってるっぽい。そりゃそうだ、いくらすきなバンドのギタリストだからって簡単に連絡先を見せようとするなんて。まあどうせハナのフリーメールだろうし、それを要求した俺も俺だし。

ガラケーの画面を見せてもらうと、そこに浮かび上がったapril05th〜の文字列。アドレスを作った日にちをそのままアドレスとして使うなんてなんともハナらしい。間違いなくハナのものだ。

「…ハナが言ってた地味だからV系やる自信ねぇっていうギタリストっていちのせ君だったんだ」

思わずそう言葉が口からもれた。キョウが俺の手の甲を軽くつねったのは地味とか言ってしまったから。だって、それが理由で断ったのは事実みたいだし。

「ハナさん、だったんだ…あのひと……」

確かめるようにそう言ったいちのせ君は少し震えているようにも見える。そんなに怖かったのかそれとも。

まあいいや。

「ハナがその辺で弾いてるやつで声かけるって初めてなんだよね。ハナと俺と同じバンド、やりたくない?」

いちのせ君の目がゆっくりと俺と合う。どうしようって不安とやってみたいって期待と、色んな感情が混ざった目。頼りなさそうな雰囲気。
俺もバンドを始めた時はこんなんだったかな、記憶にない。

「か、考えてもいいですか…」
「…別にいいよ」

前向きな検討なのかどうなのかは知らないけれど、俺にはいいとしか言えない。
結局決めてしまうのはハナで、いちのせ君が時間をかけてやりたいと答えを出した時には既にハナがより理想的なギタリストを見つけて連れてきてるかもしれない。
 最終的にはそんなもんだ。

キョウは静かにこのやり取りを見ていた。




 とりあえずギターはまだ見ていくらしいので、いちのせ君とは別れてキョウと2人で歩く。中学が同じだから最寄り駅も同じ。高校生の時も時間さえあえばよく一緒に帰った。ずっと同じバンドで練習はなくても毎日集まってたから要するにいつも一緒に帰ってたってことか。仲良しかよ。悪くはないけど。

「チハヤ」
「あ?」

車の通りが少ない道を少し距離をとって並んで歩く。肩がくっつくくらいひっついて歩くこともあれば今みたいに初対面の相手みたいに距離をとって歩くこともある。たぶん、特に理由はない。

「さっきの子のことどう思った?」
「どうって…」
「あれがチハヤとギター弾くんだよ」
「…」

外見のことを聞いているわけじゃないのだろう。技術はハナが呼んできたんだからないはずがない。きっと弾き方の話。

「ベースも√に思い入れのあるやつ…ていうかあの赤きのこでしょ。あとはヤス君だし問題ないとは思うけど」
「…別に、その2人が√に憧れてるからって弾き方まで再現はしないだろ」
「いや弾き方じゃなくて、性格的な方」

そっちかよ。

「……わからん、2人も年下がいるとか信じたくない。ていうか赤きのこはあっちから話しかけてくるからたぶん問題ない、たぶん。…いちのせ君に関しては知らんほんと知らん」

確かに演奏面も大切だけど人間関係も大切だったんだなバンドってな忘れてたやばいうわどうしよ。新しい環境に慣れるのに半年はかかる。クラス替えがあるたびに鬱になってた俺には難しい。
顔合わせを思い浮かべるだけでおそろしい。√の初練習の時もキョウの後ろついて回ってたもんな、気持ち悪いことにな。すげぇいやなんだけど。

「ほんと人見知りするよね、治んないのそれ」

キョウは楽しそうな口調でそんな無茶なことを言う。

「治せっていうのかお前は」
「治せとまでは言わないけど治す気ないの?」
「治したいと思わないわけねぇだろばーか」

人見知りじゃなくなるってどんだけすばらしいかわかってんのか。コミュ力あるお前にはわかんねぇだろこら。

「チハヤにはそのままでいてほしいけどなー俺は」
「…どういう意味だよ」

俺の渾身の睨みも介さずにこっと笑うキョウは人見知りとは無縁すぎる人間で、そのくせ他人に興味もそんなにないからある意味無敵だと思う。

「ハナと俺のことだけ絶対的に信頼してる人見知りなチハヤのままでいてくれると安心するっつってんの」
「な、は、自意識過剰かよ! そんなに信頼置いてねぇよ!」
「デレないでよ、結構本気で言ってるんだから」
「…っ、」

別にデレてない、照れてもない、動揺してるんじゃねぇよ。
キョウが真面目な表情をしたから俺はなにも言い返さず立ち止まってキョウの目を見た。少し上にあるその目は暗闇の中でも俺にははっきり見えた。キョウとハナが俺の視界で霞んたことは1度もない。
あれ、これじゃキョウの言った通りでしかない。

「最初はハナってわかってなかったにしろ2回もハナを振るなんて俺には考えられない」
「……えっ」
「しかも2回目はチハヤが言葉添えしてんのに考えさせろって。……どんな理由があるにしろ、俺にはない考え方をするんだね、√のファンは」

真顔で俺に向かって言ったのは俺への言葉ではなかった。
なんとなく、いちのせ君のことを批難しているんだろうってことはわかった。まあ確かにハナがバンド組むっつってんのに断るやつの気は知れないと思うけど、それは俺らがメンバーを経験したことあるからそう思ってしまうだけなんじゃないのか。……あ、そっか、だから俺には考えられないなんて言い回しをしたのか。

キョウは真顔だけどいつもと変わらない口調でしかない。

「所詮ファンとメンバーだからな。伝えたいことなんかファンにはほとんど伝わらねぇよ」

ましてや俺達に伝えたかったことというのがあるわけじゃなかったし、ハナがすげぇってことを伝えたかったわけでもないんだし。

キョウは薄く笑ってまた歩き出した。俺もそれについていく。
俺自身はいちのせ君のことを批難するつもりはない。とはいってもキョウと同じ考えではあるけれど。
ややこしいからメンバーの話はキョウにしない方がいいかもしれない。
そう思った。

2014年10/31



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