追記
2014/08/16 23:50

※大学1年4月
※ハナとチハヤ


 大学はハナと同じところだった。
理系のくせに経済学部を受験して大して勉強もせずに合格したのが2月の中頃で、俺が後期で同じ大学のなんちゃら情報学部だかなんだかよくわからない学部に入学が決まった頃には卒業式の時に吹っ掛けた卒業に関する歌も完成していたし、デモテープは20、30作っていた。
 単純に考えて1日1曲は作ってたんだぜあいつ。なんか最早気持ち悪いわ。
ハナが気味悪いのは今に始まったことではないけれど。

スタジオの通り道の公園に入ると、歯ブラシを片手に歯磨き粉をもう一方の手に持ったハナが歩いていた。あいつ、なんであんなもの持ってんの?


「ハーナー」


コロッケを頬張りながら特に声を張り上げずに少し前を歩く背中を呼ぶと、そいつは無表情でこちらを振り返った。けれど眼鏡をかけていないから誰なのかわからないようだ。ギター背負ってる時点でおれだと気付かないのがこいつらしい。

「…ああ、お前か」
「なんで眼鏡かけてねぇの」
「気分じゃない」
「コンタクトは?」
「持ってきてない」

気分でなにかをするハナは、理系の学部に入ったら実験ばっかりで音楽する暇がなさそうなのが嫌だったらしい。まだゴールデンウィークすらきていない、いわゆる新入生か受かれてる時期なのに経済学の講義はほぼさぼり、宗教や文学ばっかり勉強しているのだから、最早なにをしたいのかがよくわからない。
いや、絶対にしたいことは音楽なんだけどさ。

「煮干し持ってねぇの?」
「持ってるわけねぇだろ」
「使えねぇなばーか」
「うっせばーか」
「鶇(つぐみ)のくせに調子乗んなよ鳥、バード、スズメ目ツグミ科、シベリアに帰れ」
「なんなの超うぜぇ」

ハナは植物や動物、果ては憲法や料理までやたらと詳しい。記憶力が凄まじいらしく、社会科目は地理選択なのに政経も世界史もできる。もっとこの才能を役立てられる人間ならよかったのに、とたまに思う。
鶫ってスズメ関係してんのかよ? 自分の名前なのに初めて知ったわ。

のろのろ歩くハナについていくとそこには白と茶色の猫が数匹いた。うわあ…と思ってしまったのはきっと仕方ないことで、ハナが人間より動物との方が心を通わせれるところを目の当たりにしてしまった気がしたからだ。
ハナは猫の前に座りおもむろに歯磨きを始める。お前ほんとになにしてんの。


「なんでここにいんの」

その台詞を丸ごと返してやりたいけれど、きっとなんとなくと答えるのだろう。気分屋すぎてややこしすぎて読めるようで読めないハナの考えなんて理解するものじゃない。習うより慣れろ的な。

「シュンと会ってきた帰りだよ」

溜め息と一緒に答えてやる。
ハナがどこから見つけてきたのかはよくわからないが、シュンは新しく始めるバンドのベーシストとしてハナが連れてきた。連絡先だけ交換して、それなりに交流は必要だから今さっき会ってきたところだった。人見知りのわりに頑張った。まあシュンが社交的だったから助かったのだけれど。
聞けば、ハナに俺んとこのベースやれって言われて有無を言わさず入れられたとのことだった。シュンは高校時代の俺とハナとのバンドを知っていたらしくて、ハナに話しかけられた時点で舞い上がったし、二つ返事で引き受けるつもりだったらしい。その二つ返事を聞こうとしないのがハナのハナたる所以だ。

「で、シュンは」
「あー…コロッケ屋のおばちゃんと話し始めたから置いてきた」

ちょっと悪かったかと思ったが、ベースとギターを担いだ男2人が店先で喋ってるのも迷惑だから、先に帰ってきた。おれはあのコロッケ屋行ったことすらなかったから気まずいし。
ハナはそれを聞いてむすっとしていた。表情に乏しいくせに、不機嫌なのはわかりやすい。しゃこしゃこ音を立てながら歯ブラシを動かすハナの周りには猫が寄り添っている。それを立って見下ろすギターを背負っう男、つまり俺。なんだこの異様な光景。

「ドラムはヤスヤ」
「……は?」
「ナインズのバーテンのヤスヤ」
「え、うそ、まじで? あいつドラムなん?」


ヤス君は俺達がバンドのアーティスト登録をしていたライブハウスのバーテンダーをしていたお兄さん。確か年齢は3つ上。すげぇ面倒見がいいし家に泊めてもらったこともある。本人はギターとドラムかじった程度って言ってたし、実際ギターそんなにうまくなかったし。
あ、でもそれはギターの話か。

「うまいん?」
「まあまあ」
ヤス君と知り合って2年ちょっと。今の今まで本職としてなにかパートをしている、それがしかもドラムとは全く知らなかった。
ハナがまあまあなんて答えたんだから相当上手いんだろう。こいつ基本的に他人の評価に興味ないから貶すこともねぇし褒めることもねぇ。ただハナの理想とする音が出ない場合はこうしろああしろ口にする。それがかなり難しい。

ヤス君がドラマーか…。面倒を見てもらっていただけあって仲も良いし正直どこの誰だか知らないやつがドラマーとしてくるよりはかなり嬉しい。楽しみ。


にゃあ


猫が小さく鳴いている。下を見れば俺の足元にも小さな猫がいた。俺のブーツの紐で勝手に遊んでいるその子猫はたぶん、コロッケの匂いにつられてきたのだろう。
一方で歯磨きをするハナの背中にはいつの間にか青い首輪をした白猫が乗っかっていた。乗るっていうより伸びきっている? なんかそんな感じ。

「猫ってコロッケ食える?」
「芋のとこならたぶんな」
「ハナはなんかあげたん?」
「だから煮干しあるか聞いたんだよ」

要するになんもあげてねぇってか。
家に持って帰る予定だったコロッケとメンチカツを取り出す。とりあえずしゃがみこんで食べかけのコロッケを足元の猫の目の前にちらつかせると、子猫は前足で俺の腕を引っ張るようにこすってくる。引っ張るつーか引っ掻かれたわ。血は出ていないけれど地味に痛い。

「おい」
「あ?」
「コロッケあるからやれよ」
「俺の分は」
「あほか、お前歯ぁ磨いてんじゃん」
「別腹」
「意味わかんね」

ハナは猫を背中に引っ付けたまま立ち上がって近くの水道で口をすすごうとする。何匹かの猫はハナの後ろを忠実についていったけれど、蛇口をひねった瞬間歩みを止めて少し離れた場所でちょんと座った。さすがに水は嫌いか、そのくせ健気だ。

口をゆすぎ終わったハナは重ね着している白のシャツで口周りを拭う。ばかお前、それハナのお姉さんがくれた結構高いやつじゃん。いちいち注意しようとも思わないのは、そんなこと言ったところで歯牙にもかけないと知っているから。

「鶫」

名前を呼ばれたのでメンチカツとコロッケの入った袋を丸ごと投げつける。いきなり腕を振り上げてキャッチしようとしたハナに驚いたのか、背中にいた猫はすぐさま飛び降りた。それを合図に遠巻きにいた猫達がハナの周りに集まる。

メンチカツをくわえてコロッケを適当にちぎったハナはそれらを猫達にやり、プラスチックのトレイと袋のみを持って俺の隣にしゃがみこんだ。
コロッケを既に食べ終えた子猫は顔を洗っている。なんとなくその様子を見ていた俺はなぜハナが隣に座ったのかとかまだメンチカツくわえてることとか全く頭になかったんだと思う。

「つぐ」
「んっ」

名前を呼ばれてそちらを向くと、口に無理矢理食べかけのメンチカツを詰められた。

「……っ、んだよ!」
「一口やる」
「…言うの遅ぇよばか」

くっそ、口痛ぇ。先言えっつーの。
無駄に溢れだした肉汁で口の周りをべたべたにされた。口を手の甲で拭おうとすると手首を掴まれ引っ張られる。
思ったより強い力で引かれ、膝を横に崩すようななんとも女々しい体勢になってしまった。俺の目の前で顔を洗っていた子猫は驚いたらしく、小走りで逃げていった。

「っ、なんなのまじで…」
「口拭くな」
「あ?」
「怪我してる」

ハナは俺の腕の辺りにある引っ掻き傷を撫でる。ぴりっとした痛みに顔をしかめると、急に目の前が真っ暗になる。同時に手首を掴む手が離れて、唇の端をなにかが這った。
いや、なにか、つーか、これは。
腕を力いっぱい振り上げた。


「……っ、」
「…なに考えてんだよ」

猫みたいに舐めてきやがった。拭うなっつー代わりに舐めるのかよ、ほんとこいつ意味わかんねー。大抵のことは許すけどこれはちょっと見過ごせない。これを見過ごすと、エスカレートしていく気がする。まるで躾みたいだ。

「痛い」
「自業自得だろ」

ハナの袖を引っ張って、それで口周りを拭いてもハナはなにも言わなかった。
コロッケを食べ終えたらしい猫達は周りで気ままに毛繕いしたりじゃれあったりと自由に過ごしている。
立ち上がると、ハナも一緒に立ち上がって先に歩き出した。……こいつまじでなにしてたの。
溜め息を吐くのは癖になってきているのかもしれない。また息を浅く吐いて、ハナについていく。途中で後ろを振り返ると、猫は公園の奥へとのんびり歩いていた。ハナは猫よりも気まぐれで気分屋でとんでもないやつだと再確認された。


「シュンとはライブハウスで会ったんだろ、目ぇつけてたん?」
「つけてた。あと√のライブの打ち上げの時に何回も話しに来てたから」
「そういやいた気もすんな、あの赤キノコ」


√は高校時代に組んでいたバンドで、シュンはそれに憧れていたし、曲も好みのものばっかりで俺達の自主生産CDを耳コピしたり頼み込んで映像を見せてもらったりしていたらしい。

今日会って演奏を聴いてみたけど、√のベースのキョウとは聴かせ方が全くの正反対だった。似せようとしているところはいくつかあったけれど似ても似つかない。もちろん上手いのは大前提にあったけれど、性格も正反対で聴かせ方も正反対なのに同じ音が出るわけがない。シュンはそこが課題だと思う。まあコピーしかしたことがないと言っていたし仕方がないのかもしれない。そのくせアドリブを入れたがる奴だったけど。

「ヤス君がドラマーなことはずっと知ってた?」
「mαβのライブに付き合いで行ったことあるから」
「……mαβのドラムがヤス君だったの、か……。それって、お姉さんの付き添いとかか?」
「もろそれで行った」

ハナのお姉さんはバンギャで一時期どっかのバンドのボーカルの蜜もしていた。でもハナがバンドを、しかもビジュアル系路線でするって言い出してからは蜜をきっぱりやめたらしい。すげぇ綺麗で美人で稼ぎもよかったからボーカル側が蜜としていてほしかったらしいけど、バンドマンがすきとかじゃなくて顔以外興味ないから要らないって捨てたらしい。弥生さん(ハナのお姉さんの名前)やべぇ。

それからはずっとハナに貢いでいる。弥生さん病的なくらいのブラコンだし自分のすきな音楽ジャンルに弟が入ってきたらそりゃ貢ぐか。年の離れた腹違いの弟が可愛くて仕方ないと言っていた気がする。

「じゃあさ、もう1人のギタリストはどうする」
「路上で声かけた。けどあんま乗り気じゃない」
「へぇ、お前が声かけてそんなんなの。珍しいな」
「基本は鶫がリード。でもお前リズムギター上手いから2人ともリードとサイドさせる。そう言ったら上手に立ちたくないって」
「んだよそれ、立ち位置が問題なのか」

リードギターは主にメロディとかソロとかのフレーズを弾く。サイド・リズムギターはバッキングとアルペジオ、まあ要するに伴奏が主。リードの方が華があるけれどサイドの方が規則正しくリズムを狂わせないように弾く必要があるから難しい。まあ難易度はやっぱ人によるけど。

「顔に自信がないって」
「……」

それはうん、なんというか。

「お前か無駄に整ってるから余計にな…」
「地味で普通だから目立ちたくない。だからV系バンドはあんまりだって」

むしろ化粧ぐちゃぐちゃなやつだっているんだから、普通なら全然おっけーだろ。コンプレックスに思ってんなら普通っていいじゃんとは言えないけど、普通とか平均的とかって1番難しいことだと思う。万人受けがわかるってことだろ、それが1番すごいことなのに。

「そいつ何歳?」
「1個下」
「へぇ…。それも理由かもしんねぇけど、受験生ってのもあるかもな」
「知らね」

……だろうな。
ハナにとっては加入さえしてくれんならなんでもいいんだろう、でもハナが無理に入れさせなかったってことはそいつじゃなくてもよかったのだろうか。

「そいつが無理だった場合は?」
「ピアノも弾けてギターもそれなりにできて失踪しない奴ならなんでもいい」
「ライブハウス行きゃいるだろ」
「ライブハウス慣れしてる奴は要らない」

なんだその変な条件。つかピアノはお前弾けるんだから録音するだけなら別にいらないし、そもそもギターの腕よりピアノ重視かよ。
 何度目かの溜め息を吐いてハナの後ろをついていく。ところでどこ向かってんのこいつ。商店街から少し逸れた路地を歩く。もちろん人は誰もいない。

「お前の"それなり"のハードル下げろよ」

思わず口にしてしまった言葉は本音で、技術なんかやってるうちに上がってくるだろっていう妙な期待かなんかだ。そんなに甘い世界じゃないのは十二分に知っている。前のバンド、√はタイミングと運がよかったから自主製作のCDをあれだけ作ることも色んな人に渡すこともできた。
それにその妥協した1人のせいでバンドが止まることだってある。もちろんそれは、俺やハナ、ヤス君やシュンにだってあることだけれど。

 ハナが振り返る。いつものなにを見てるのかわからない目は確実に今だけは俺を映している。物理的にじゃなくて、ハナが俺を見ようとして俺を見ている。先のことばかり見据えているハナはこうやって時々、現在について振り返る。過去は振り返らないし、他人は見ようとしない。
その意味だと√では、ハナは俺とキョウしか見ようとしなかった。あとの2人が妥協して集めたメンバーってわけではないのだけれど、ハナからすれば将来的にハナと関わっていくと思えなかったのだろうか。

そんなしょうもないこと、尋ねようとも思えなくて黙ってハナを見る。

「鶫の相方が妥協して呼んだギタリストで許されるわけねぇ」

えっ…。
いきなり聞こえた言葉を噛み砕くのに少し時間を要したのは、ハナが自分のこと以外を考えた発言をするなんて天地がひっくり返ってもあり得ないと思っていたからだ。

気づいた時にはハナは既に歩き始めていた。本当にどこ向かってんの。
でも、その言葉から察するに、その地味で普通顔の奴じゃないと駄目だと思ったってことか。条件に当てはまる奴なんかたぶん、他にいない。それこそライブハウスに行けば昔ピアノやってたギタリストなんか腐るほどいる。けれどその高校生以外は嫌だってこと。

顔すら見たことないけれど単純にハナに執着されてることに嫉妬だわ。きっと本人は気づいてないのだろう、俺もハナにバンドすんぞって言われた時、俺の後ろでリード弾くのはお前以外要らないって思われたなんて想像もつかなかったから。
 羨ましいけれどこれからギターの相方としてやっていく高校生、つまり年下。
仲良くしねぇと駄目だなぁとぼんやり思いながら前を歩くハナを見ていた。


2014.08.15



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