V
「ここに居ることに意味はあるのか」

 閉店時間を迎えるという時に飛鳥は大澤達の前で初めて口を開いた。

「…なんだそれっ、俺はこんなところで終わるような奴じゃねぇ、もっとビッグになる天使なんだってか!」

ぎゃはは、と大澤の友人が笑う。大澤の友人は突拍子のないことを言った飛鳥をさして気にした様子はなかったが、大澤は違った。
はっと目を見開いて、いきなりなにを言いだすんだと言わんばかりに飛鳥を見た。大澤の視界の端に、飛鳥の隣に座る彼が諦めたような苦笑いをしていたのが映った。
飛鳥は周囲の喧騒や彼らの様子に気付くことなく、ミルクを淹れたくせに混ぜずに飲み進めていた珈琲を口にする。そしてその苦さに眉をひそめながらまた、口を開いた。

「ここに在る意味はあるのか。黒く染まらぬように絵の具を足し続けても純白なんてものは存在しない。僅かな白によって黒は鈍い色を放つ。純粋な白にも黒にもなれやしない、全てが成りそこないで、全てが完璧にはなれない。ならば自ら成りそこないへと身を投じることこそが道理ではないのか」

大澤には、飛鳥がなにを意図してそのようなことを言っているのか理解できなかった。
 飛鳥はさらにコーヒーにミルクを加える。濁った茶色に白が混ざっていく様子はなんともいえない。飛鳥はそれをじっと見つめるが、その真っ黒い瞳にはなにも映っていなかった。

 大澤は学校で、"宇佐見は黒いカラーコンタクトをして髪を黒く染めてる"という噂を聞いたことがあった。皆はそれを本当のことだと認識していて、大澤もそうだと思っていた。
 それが今、覆りそうになっているのは、黒があまりにも飛鳥に似合っていたからだ。

「白と黒は、頂点と底とが周知。既知を辿ろうとするが誰もそれを成し遂げられないのはなぜか周知ではない。ならば未開の末路を開拓すべきではないか」

天使は爽やかな青や綺麗な白、淡い黄色が最も似合うのが当然のことだった。それなのに、飛鳥にはそのどれもが当てはまりそうになかった。
飛鳥の表情には黒い目が最も馴染んでいると感じた瞬間、大澤は怖くなった。一般の天使は悪魔を教科書や歴史書、新聞などでしか見たことがない。悪魔を自身の目で見たことはないから、悪魔達と対峙した時の感覚を知らないはずだ。それなのに、悪魔がどんなものかを生で見たことがないのに、今近くに座る飛鳥は悪魔のように見えた。



「店閉めますんでお会計よろしいですかー?」
「……っ、」

大澤は店員の声にはっとして、動揺していた。クラスメイトを悪魔と同じように見てしまった自分を、信じられなくて声が出なかった。

「はーい、よろしいでーす。割り勘するとどれくらいですかねぇ?」

一方で飛鳥は先程までのぼうっとした表情ではなく、にこにこ笑いながら大澤達も人数に含めて店員に支払いについて尋ねていた。
大澤は、結局はまともに会話をしなかった飛鳥の、自分達とは変わらない至って普通の声色や表情、行動に妙に安心していた。さっきの感覚は気のせいに違いないと言い聞かすことができたから。

「じゃあおれ、先出るわ」
「宇佐見、お前……、」

自身の支払う金をテーブルに置いて、マフラーを巻いてコートを羽織った飛鳥に彼は訝しげに呼びかけた。しかし飛鳥はなにも言わずへらっと笑って、出口へ向かう。
 カランと戸が閉まる音を合図にして、大澤は急に立ち上がり、飛鳥を追うように走りだした。後ろから友人が大澤を呼ぶがそれに応えることなく戸を開けて外に出た。
'13/11/15 12:14 Fri
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