(2012.12.24〜)
zero
天使の住む天国と悪魔の住む地獄。人間世界の上空、その異空間に位置する天国と、遥か下に位置する地獄。
距離を置いて生活するのは必然的で、互いを不快に感じ、邪魔だと思うのは双方の一般的なものであった。
だからこそ、罪を犯した天使は罰として天国から堕とされる。
彼らは堕天使となり、天国に住まうことはできなくなるが、だからといって彼らのプライドが地獄に住むことを許さない。それゆえに堕とされることは死と同等なものだった。
「現代の正しさすら定かではないのに何故歴史を学ばなければならないのか」
歴史というのは本当に正しいのかわかりやしない、記憶とは書き換えられていくものだから、語り継いできた歴史などというものは不正確の塊ではないのか………。
宇佐見 飛鳥(うさみあすか)は独り言を呟きながら自身の白い翼を撫でた。少し汚れた羽は、手入れを怠っているためである。
手元にある温かかった紅茶は既に冷たくなっていて、それをなにも考えずに口にし、眉をひそめた。
「あすか」
「…っ、ベリアル?」
考えごとを中断した飛鳥はすっと顔を上げる。視界に映ったのは椅子に座って立て膝をする翼のないベリアルという男。背中に翼がないのは高い地位を持つ天使だと言われるが、飛鳥は彼の地位について全く知らない。
彼は雑誌を眺めたまま、飛鳥に向かって黒い爪の乗った人差し指を差した。
「独り言うるさい」
「え……うそぉ、」
「うそ言ってどうすんだ」
「…それもそっか、ごめんごめんごっ」
にへらっと笑みを浮かべた飛鳥は頭を掻く。その仕草を見ることなく、彼は大きな欠伸をしながらページをめくっていた。
「わざとじゃないんだけどさぁ、思ったことが口に出ちゃうんだよね、おれ」
「だろうな」
「ちょっ! それってどういう意味!?」
飛鳥は足をばたつかせながら膝を叩いて反論するが、彼はやはり見向きもしなかった。雑誌もそこまで懸命に読んでいるわけではくせに無愛想だ、と思うが、彼の家に上がり込んでいるのは自分なので言うのはやめておいた。
ふと窓の外を見れば既に薄暗くなっていた。ベリアルの家は深い森の中にあり、周囲には誰も住んでいないし自分以外は誰も来ないから、夜になると真っ暗になり森を出られない可能性がある。
飛鳥はもう少し居たかったなぁと思いながらもベリアルに声をかけた。
「おれそろそろ帰るー」
「おう」
飛鳥は帰り支度を始める。首に引っ掛けていたマフラーを綺麗に巻き直した。
「…そういえば今晩のお祭りさ、ベリアルは来ないの?」
飛鳥は首を傾げて問いかける。ベリアルは雑誌から眼を逸らさず聞き返す。
「祭り?」
「うんっ。今日は"眠らない日"だよ?」
眠らない日。それは、天国が創造された日のことである。この日だけは、明け方までお祭り騒ぎで天国の街中をイルミネーションや出店、天使達で賑わう。
「行かない」
「えー、なんで?」
「面倒」
素っ気なく答えたベリアルに少し物足りなさを感じたが、それ以上はなにも言わなかった。ここが天国の最下層に位置しているため、賑わう中心街に行って帰るのは時間もかかるし距離もあったからだ。自分はここからでも祭りに行くつもりだが、帰るのはこの家ではなく中心街にある自宅で、それほど時間もかからない。
彼は祭りに関心がないようだし、それに地理的な理由を考慮すると面倒だからと言うのは当然かと思い直した。喋ったり食べたりすることすら面倒だというのだから。(だから彼は無口だ)
「…じゃあ残念だけど、おれは行くね。また来る!」
やっぱり飛鳥の方を見なかったけれど小さく手を挙げたベリアルを見た飛鳥は、へらっと笑みを浮かべてここを飛び立った。
'13/11/01 15:13 Fri小話 comment(
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