朝から頭が重い。ただでさえ急な坂が今日はいつもよりさらに急に感じる。こんな日に限って名字さんと登校が一緒にならない。昨日の自分の醜態を思うとため息が出る。ああかっこわりい。最悪だ。先に好きだと言わせてしまった。俺のことが好きだと言った後の彼女の必死な瞳を思い返すと胸が痛む。いつも笑っていて、なんとなくそばにいて、緊張してつっけんどんな態度になってしまっても嬉しそうに話しかけてきてくれる彼女が好きなのに、言えなかった。昨日は結局あのあと一度もろくに話せずに帰ってしまった。職員室の掃除の時でもなんでもいいから構わずに何か言えばよかった。二人乗りして一緒に帰った日がもはや遠い夢のように感じる。自己嫌悪で脳天がじりじりする。いや、過ぎたことでイライラしても仕方がない。どうするかは今日彼女に会ってから決めよう。ああ、でも初めて会った時に一目惚れしたこととか言えるのか?すげー恥ずかしくないか。それともシンプルに好きだって言えばいいのか?俺としてはまだ今までの関係のままでもいいんだけどな。なんてことをぐじゃぐじゃ考えていたらすぐに教室についてしまった。緊張する。深呼吸してから扉をがらっとあけると名字さんはまだ来ていなかった。拍子抜けしつつ席についてすぐに妙なことに気がついた。名字さんの机の中がやけに片付いている。というか何も入っていないのだ。いつも教科書やノートやプリントがぎゅうぎゅうに詰まってるのに。机の横にぶら下げてあった運動靴もない。不審に思いながらその他に変な事がないか観察していると、神妙な顔をした雷蔵と八左ヱ門が近づいてきた。

「…なんだよその顔」
「三郎、お前名字から聞いてなかったのか?」
「何を」
「…名字さん、アメリカに行ったんだよ」
「は?」

急な話すぎてまったく頭がついていかない。雷蔵たちが何か慰めのようなことを言っているのも耳に入ってこない。嘘だろ?だって昨日まで、普通にここにいたじゃないか。俺の前の席に。
睨みつけるように前の席を見ても、彼女の痕跡はどこにも残っていない。ご丁寧に机の上の落書きまできれいになっている。この間授業中に嬉しそうに書いていた俺と彼女の名前の相合傘も消えている。授業が終わったあとに消してやろうとしたらキャーって言って、絶対に守り通してみせる!なんて、ふざけてたのに。アメリカ?嘘じゃないのか。呆然としていると木下サンが入ってきて俺の方をちらっと見てから話し始めた。みんな知ってると思うが名字は今日からアメリカに…。そのあとの言葉はもう聞こえなかった。ふと気付くともう放課後で、今日一日をどうやって過ごしていたのかまるで思い出せない。ふらふらと立ち上がり彼女の席に座って外を見る。いつもここから海を見てたんだ。海の話とか、鯨の話とか。夢の話。何言ってんのかよくわかんないことも多かったけど、名字さんの話聞くの楽しみにしてたのにな。もう聞けないのか?どうして俺には何も言ってくれなかったんだろう。ぼんやりとしているといつの間にか机の横に彼女の友達の、名前なんだっけ、うん、とにかく彼女の友達の子が立っていた。きっと急に名字さんがいなくなって辛いんだろう、何かをこらえるような顔をしながら俺に手紙を渡してくれた。名前から鉢屋にこれ、預かってたから。そう言って足早に去っていった。

彼女から俺に、手紙。ずっとひんやりとしていた指先が急に熱を持った。今読むか、それとも。内容次第ではなんだか非常にみっともないことになりそうな予感がしたので脇目もふらずに家に帰った。部屋に飛び込むようにして入り、緊張して震える指で封を切る。一文字ずつ、一行ずつ、どんな言葉も読み逃すまいと目を動かす。………………そして読み終えるころには俺は今日一日の自分の行動を振り返って、その取り返しのつかなさに頭を抱える事になった。ああ、何だか顔は熱いけど背中は冷や汗がすごい。どうすんだこれ。





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