次の朝学校へ行くと、いつものように不破くんと竹谷くんが鉢屋くんを囲んで楽しそうに喋っている。いいなあ。うらやましさに口を尖らせながら机にかばんを置いていると、私の椅子に座っていた竹谷くんが目をらんらんとさせてこちらを見た。

「名字、昨日三郎とチャリ二人乗りで帰ったってマジ?」
「うん、マジ」
「ほらやっぱそーじゃねーかよ!」

ほんともう三郎ったら素直じゃないんだからあ、とオネエ言葉になった竹谷くんに肘で小突かれて鉢屋くんはものすごく不機嫌そうな顔をしている。どうやら昨日二人で自転車に乗っているところを不破くんに見られていたらしい。げらげら笑いながらとんでもないスピードで駆け抜けていった姿はさながら都市伝説に出てくる妖怪のようだった、と不破くんは笑いをこらえながら語ってくれた。竹谷くんは鉢屋くんの肩をばしばしと叩きながら、そうか、とうとう三郎にも春が来たんだな…なんて言っている。鉢屋くんはさっきからずっと押し黙ったままで、こころなしか顔色が悪い。このまま放っておいたらきっと、俺は名字さんのことなんて何とも思ってないんだ、とか、こんな奴俺は嫌いなんだよ、なんて叫びだしてしまうだろう。せっかく仲良くなってきたのにそんなことでまた距離が開いてしまうのはいやだ。だって私は鉢屋くんのことがすごく好きなのだ。今日も明日もあさっても、ぐんぐん好きになっていくだろう。それに、私にはあまり時間がない。鉢屋くんと不破くんに気付かれないように力を込めて竹谷くんの足を踏みつけて彼を黙らせる。すぐに抗議の声をあげようとした竹谷くんは私の鬼の形相を見て涙目のままうつむいた。鉢屋くんはそっぽを向いたままだし、不破くんは既にこの会話に飽きてぼんやりとしている。よし。

「鉢屋くん」
「………何」
「なんだか、ごめん。いつもいっぱい話しかけるのも、迷惑だった?」
「…そんなこと、ないけど」
「私鉢屋くんが優しいから調子に乗っちゃってたかも」
「ちがう。迷惑じゃねえし、名字さんと話すのは、その、楽しい」

うつむきがちに話す鉢屋くんの頬がうっすらと赤くなっていて、それを見ているだけで胸が苦しくなる。人を好きになるというのは、すごいことだ。そして好きな人が自分のことを好きになってくれるなんて、それはもう本当に奇跡のようなことだ。もし鉢屋くんが私のことを好きだと言ってくれたら、私は鉢屋くんと二人で海に行きたい。海と空と雲を見ながら、いつまでもいつまでも喋っていたい。夢の鯨のことも、もう一度話したい。

「私は鉢屋くんのことが好きだから、もっと仲良くなれたらっていつも思ってる」
「俺は………」

今や不破くんと竹谷くんだけではなくクラス中が私たちの成り行きを見守っている。友人が遠くの方で微笑みながら中指を立てているのが見える。きっと傍目にも私たちはうまくいきそうなのだろう。あとは鉢屋くんの答えしだいだ。お願い、私のこと好きって言って。祈るような気持ちで鉢屋くんを見つめる。けれど彼が口を開こうとした瞬間、木下先生が教室へ入ってきて私の願いは叶わなかった。おまけに先生に対して挑戦的な態度をとりながら自転車二人乗りをした罰として日直と職員室の掃除を命じられて、授業をさぼることもかなわず、鉢屋くんと話せる時間もほとんどなかった。ああ、時間切れだ。鉢屋くんと私は海に行けない。空も雲も一緒に見られない。鯨の話も、もうできない。








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