私は手足を投げ出して生温い水に浮かんでいる。見上げるのは高い天井。水の中に浸かった耳に自分の心臓の音が届く。規則正しい心音に安心して目を閉じる。と、唐突に水の中へ引きずり込まれ私の静かな時間は終わりを告げた。
水中で目を開くと無数の細かい泡の向こう側で兵助と勘ちゃんが笑っていた。

「…鼻に水入ったでしょバカ!」
「だーって名前が死体みたいに浮かんでたからつい」
「そう。さながら土左衛門のようにな」
「土左衛門とか言わないでよ兵助…」

私は今兵助と勘ちゃんに誘われて近所の温水プールに来ている。たまたまこの三人の休みが重なったので、前々から気になっていた室内プールに行ってみようということになったのだ。今日は平日ということもあってプールは閑散としている。始めは25m競争をしたり潜水したままひたすら追いかけてくる兵助から勘ちゃんと二人で逃げたりキャッキャと遊んでいたのだが体力のない私はすぐに疲れてしまい、プールに浮かんで体力の回復をはかっていたのだ。

「お腹すいたしそろそろ上がろうか」
「俺はまだ潜水したい」
「兵助一人で潜水してなよ…」
「むなしいからイヤだ」

まだ泳ぎ足りないと駄々をこねる兵助をなだめつつプールから上がり、お昼を食べるため三人で家へ戻った。三郎は今日は遅いと言っていたし、久しぶりに料理をしてしまえと思い立ち、二人に手伝ってもらってお昼ご飯をつくった。

「名前、おいしい」
「兵助ホント?良かった、久しぶりに料理したから不安だったよ」
「名前の料理は豪快でおいしいよね。久しぶりってことは料理は普段三郎がしてるの?」
「うん。私が料理すると台所が戦場になるって言って三郎がやってくれるの」
「甘やかされてますねえ」
「ええ、そうなんです勘右衛門さん」

ふざけて答えると勘ちゃんはふっと優しく笑った。勘ちゃんはたまにすごく大人びた表情をする。

「名前はもっと俺たちにも甘えていいんだよ」
「そうだそうだ」

二人の言葉に首を傾げる。皆に私はすごく甘やかされていると思うのに。これ以上なんて私はただのダメ人間になってしまうではないか。

「でも、私はもう十分皆に甘やかされてるよ」
「甘えるのと甘やかされるのは違うから」
「俺たちが甘やかしても名前は甘えないからな」
「何それとんち?」
「違うよ、一休さんじゃないから!」

二人の言葉がどういうことなのか考えている間に、家の中に最も光がたくさん入る時間になった。この時間にここにいて眠くならない人はいないというくらい気持ちのいい光が差しこんでくる。ふと二人に視線を戻すと兵助はソファで丸くなって眠っていて、勘ちゃんは少し眠そうに目を細めていた。

「…お昼寝タイムにする?」
「うん…。この家はすごいね。採光のことを第一に考えてるんだきっと」
「そうなのかな…。そうなんだろうね…。勘ちゃん、おやすみ」
「おやすみ名前。さっき俺と兵助が言ったこと、たまに考えてみてね」

眠りに落ちる前に聞こえた勘ちゃんの声が、ひどく優しげに揺れていた気がした。

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