雨が降っている。雨が降るとこの家は普段よりもさらに静かに感じる。家の中では物音ひとつせず、雨が屋根をうつ音だけが響く。私はソファに膝を抱えて座りぼうっと外を見ている。そうして昨日のことを繰り返し思い出し、楽しかったことの余韻にひたっているのだ。にこにこしながら酒瓶をかかえて放さなかった雷蔵、酔いつぶれてカエルのようなポーズをして寝ていたハチ、眠そうに頭を左右に揺らしながら独り言を言っている兵助、楽しそうに観葉植物に話しかける勘ちゃん。そしてすっかり荒れ果てた台所でしくしくと泣く三郎。楽しい出来事というのはその最中よりも終わったあとの方が楽しかったという実感が湧く気がする。そして楽しいことが終わったあとというのは、少し淋しくなる。もう明日から学校が始まるから、全員で集まれるのは少し先のことになるだろう。そう思いながら伸びをしていると名前を呼ばれた。

「名前」
「ん、三郎、なに?」
「昨日勘右衛門が持ってきたケーキ食う?」
「食う!」
「じゃあ紅茶いれるからケーキ運んで」
「わかったー」

そういえば昨日勘ちゃんがお土産と言ってケーキを色々買ってきてくれたのだ。かなり早い段階で皆酔っぱらってしまったからすっかり忘れていた。三郎が紅茶を持ってくるのを待ってケーキに手をつける。ああ幸せ。甘いものは私にとっては欠かせないものだ。喜びを噛み締めながらケーキを食べていると三郎がそういえば、と口を開いた。

「春休み中一度も実家に帰ってないけどいいのか?お父さん心配してるんじゃないか?」
「うーん…手紙出しておいたから大丈夫」
「親不孝娘め」
「いいんですー。三郎こそ実家に帰ってないじゃない」
「俺の両親は心配してないから大丈夫だ。家ここから近いしな」
「そうですか…」

私の母は私が小さい頃に病気で亡くなった。それからずっと父と二人で暮らしてきたのだが、私が高校生になると同時に父は再婚した。再婚相手の人はとてもいい人だったが私は父が私よりもその人を選んだことがショックで、大学に進学してすぐ一人暮らしを始めたのだ。父にそんなつもりがないのは分かっていたが、私よりも再婚相手を選んだのだと、そう思ってしまうくらい私は父のことが好きだったのだ。そう、普通以上に、好き過ぎたのだった。

「…三郎」
「ん?」
「ここから出ていけって、言わないでね」
「…そんなこと言わない。名前がいたいだけいればいい」
「ありがとう」

三郎はそっと私を抱きしめてくれた。三郎の腕の中は暖かくて安心する。子どもどうしのようなただの抱擁。私は目を閉じてじっと三郎の心臓の音を聞いていた。

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