アパートを追い出された後、私はすぐに何人かの友人に電話をした。ひとまずその日に泊まる所を確保せねばと思ったのだ。だが間の悪いことにその時は春休み中で、友人は皆実家に帰ってしまっていた。どうしよう。しばしオロオロしたあと、最後の手段を思いついた私は近所の駅ビルに入っているちょっとお高めなスーパーでお土産を買い、三郎の家の呼び鈴を押した。

「はいはーい…あれ?名前!どうした?」
「三郎、私アパート追い出されちゃった…」
「へっ?」
「お願いです!ちょっとの間でいいから泊めて下さい!」
「それはもちろんいいが…まあとりあえずどうぞ」
「あ、ありがとう…お邪魔します!」

三郎は静かな住宅街の中にある一軒家に一人で住んでいる。三郎の伯母さんが仕事で海外に行っている間だけ、きれいに使うという条件で借りているのだ。きれいに使うという点では三郎は申し分のない住人である。三郎はとてもきれい好きなのだ。少し潔癖症と言ってもいいくらい。といってもそれは生活に支障が出るようなものではなく、ただ少し、人との接触が苦手というだけなのだが。三郎は気を許している人以外に触れられると全身に鳥肌が立つのだそうだ。三郎の人と距離を置こうとする性格の一因はそこにあるのかもしれない。

「…で、大家に追い出されて、女友達の家にも泊めてもらえず行くあてがないから俺の家に来たと」
「そうです…」
「バカだなあ。最初っから俺の家に来れば良かったのに」
「さ、三郎…」
「俺は名前ならいつでも大歓迎」

私がアパートを追い出されたあらましを話すと三郎はお土産のゼリーを食べながら呆れたように笑って私の頭をぐしゃぐしゃとなでた。三郎は一度気を許した相手にはとことん甘い。特に私のことは妹か何かのように甘やかしている。私の両頬をつまんでのばしながら三郎はふと思いついたように言った。

「そうだ、しばらく泊まるだけなんて言わずにさ、ずっとここに住めよ」
「はぁ?そ、そんなのダメだよ、三郎に悪いし」
「何で?俺がいいって言ってるんだからいいじゃん。それにここに住めば家賃タダだぞ?まだ部屋もたくさん余ってるし、そろそろ一人暮らしも飽きてきてたんだよな」
「いやいや、倫理的にもいかがなものかと」
「そんなの関係ないだろ。な!もう決定な。名前、俺と一緒にここで暮らそう?」
「いやぁ…でも……」



家賃がタダ。このたいそう魅惑的な言葉に抗えなかった私は最終的に三郎の言葉に頷いた。こうして私と三郎の生活は始まったのだった。

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