三郎と私は、大学に入学してすぐ、講義中に席が隣になったのがきっかけで友達になった。三郎は初対面なのに不思議と話しやすく、知り合ったその日のうちにあっという間に仲良くなった。

三郎は面白い奴だった。飄々としていて天の邪鬼だが話しやすく、誰とでも上手に話せる。けれど相手が一歩踏み込んでくると一歩引き、相手が一歩下がると一歩踏み込む。そうしていつも同じ距離をとるのだ。そしてそれを相手に気づかせない。始めは私にもそういう風に接していたのだが、ある日私がふとそれに気がついた。すっかり仲良くなれたと思っていたのは私だけだったと。

「鉢屋くんは相手との距離の取り方がうまいね。誰とでも常に同じ距離を保っててすごいよ。すごい疲れそうだけど」
「…ばれたか。実はそれに気づいてしまったのは名字さんで五人目です、おめでとう!」

三郎はいたずらがばれた子供のように笑うと、ぱんぱかぱーんとか言って私を茶化した。茶化されたことに腹を立てた私が三郎に渾身の力をこめてチョップをすると、涙目になった三郎が「痛ぇな!」と言って思い切りデコピンを返してきて、二人とも涙目になってにらみ合った。それが本当の始まり。

お互いに乱暴な口をきくようになり、呼び方が鉢屋くんから鉢屋へ、名字さんから名字へ、そして鉢屋から三郎になり名字から名前になった大学二年生の春、私は住んでいたアパートを大家さんに追い出された。大家さん曰く。

「急な話でごめんなさいね。もう私も年だから娘夫婦の所で面倒見てもらうことになったのよ。だからこのアパートもなくして、駐車場にすることにしたの。本当にごめんなさいね。私がっていうかね、娘がそうした方がいいって言うから。でも大丈夫ね名前ちゃんなら。すぐに新しいお家くらい見つかるわね。」

怒濤の勢いで話す大家さんに私は何も言い返せず、「もう明日から工事始めちゃうの!」という大家さんの声に背中を押され、気がついた時には荷物を持って道に立ちつくしていた。アパートの前の桜並木が目にしみるような美しさであった。

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