女の子が好きだ。やわらかくて、いいにおいがする。自分のものより小さい膝小僧とか、骨の細さとか。見ていると腕の中にとじこめてしまいたくなる。とじこめて、甘やかして、なんだってわがままを聞いてあげる。けれど、どうやらその愛し方は人をだめにするらしい。今までつきあってきた何人かの女の子のことを思う。兵助いわく、「勘右衛門は花に水をやりすぎて枯らすタイプ」だそうだ。はじめは喜んでくれるのに最後はみんな疲れたと言って俺のところからいなくなってしまう。好きな子の喜んでくれることばかりしてあげるのはいけないことなのだろうか。女の子はむずかしい。自分が何を考えているのかだってよくわからなくなることがあるのだから、当然かもしれない。ただ、俺は人間が好きだし、わけても女の子は大好きだ。そこだけは揺るがない。だから今、目の前にいるのが鉢屋じゃなくて名前だったらよかったのにと心底思う。

「おい聞いてるのか」
「あーごめん聞いてなかったわ」

笑いながらそう返すと鉢屋はこれみよがしにため息をついた。大体においてこいつの話はまわりくどい。そして長い。今日だっていきなり訪ねてきて何かと思えば一向に用件を切り出さず、八左ヱ門がまた犬を拾ったとか兵助がいらない本を大量に家に送りつけてくるとかどうでもいいような話ばかりしている。俺はそんなことよりも昨日買ってきた新しいレコードが聴きたい。コーヒーだって飲みたい。まだまだ本題に入る気配を見せない鉢屋はひとまず放っておくことにしてやかんを火にかけた。その間も鉢屋は色々な事を話し続けていたがとうとうネタが尽きたらしい、不機嫌そうな顔をして押し黙った。苛ついたが顔には出さずに本棚から雑誌を抜き取ってソファに寝そべった。鉢屋は眉間にしわを寄せたまま正座をした。両手を握りしめて深呼吸をし、口を開く。

「………名前が」
「…どうした?」

思わず体を起こして鉢屋に向き直る。ケンカでもしたのか、それともまた名前を泣かせるようなことをしたのか。もしそうなんだとしたら、どちらに非があるかに関係なく俺は鉢屋を殴る。ゆるく拳を握りながら鉢屋を睨んだ。

「…かわいいんだ」
「は?」
「もう何かほんとにかわいくて外に出したくないレベルなんだ。…また名前のことを傷つけるようなことだけはしたくなくて、すごい大事にしてる。でも外に出たら何が名前を傷つけるかわからないだろう。本当にあんなにかわいい生き物と一緒に暮らしていて俺はどうすればいいんだ勘右衛門」
「ハゲろ」
「え、なんて?」
「いや、なんでも。名前がかわいいのはわかるけど過保護がひどくなってない?」
「全然過保護じゃないぞこれは。ようやく…ようやく名前に気持ちが通じたんだからこれくらい当たり前だろう。もういっそ名前を家から出さないようにして俺以外の人間と口をきかないようにしたい…はぁ」
「見事にこじらせてるなお前…実際やってみれば?それ」
「出来るわけないだろうそんなことしたら名前に嫌われる!」
「ああ、そのへんの理性は残してるんだ…」

うつむいてもじもじしている鉢屋があまりに気持ち悪くて思わず殴ってしまいそうになるのを必死でこらえ、奴の肩に手をやり家の外へ追い出した。そんなにかわいい名前のことを放っておいたらかわいそうだろ早く帰ってあげなよってすげー棒読みだったけど俺がそう言ったら鉢屋は飛ぶようにして帰って行った。変態野郎って書いた紙を背中に貼っておいたのにはいつ気がつくだろうか。いやあそれにしても気持ち悪かった。でもこの間学校で会った名前はほんと幸せそうな顔してたんだ。あーあ。今からお茶でも行かないか名前に電話してみよう。雷蔵とか八左ヱ門には怒られるかもしれないけどこれくらいの邪魔は許されるだろう。幸せそうな二人を見てるとちょっかいを出したくなってしまう。

帰りぎわに、名前は俺の運命なんだと小さくつぶやいた鉢屋の声が妙に耳に残っている。
このすべてから許されているような、それでいてすべてと切り離されているようなぬるい幸せな日々の先に、俺だけの運命の相手みたいな子があらわれる日がくるんだろうか。別に全部を受け止めてほしいなんて言わないよ。ほんのちょっとだけ、自分でも持て余してしまうようなところを一緒に持ってほしいだけなんだ。もしそんな子があらわれたら、きっと死ぬまで大切にするんだけどなあ。なんて、ちょっと鉢屋に毒されたかもしんない。軽く頭を振ってから携帯を手にとった。





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