どれだけの時間が経ったかわからない、だんだん強くなる雨音を聞くともなく聞きながらひざを抱えて座っていると、静かに足音が近づいてくるのに気がついた。
 足音が私の部屋の前まで来てしばらくしたあと、ごつん、と扉に何かが当たる音がした。

「…三郎?」
「俺は…名前のお父さんじゃないぞ」
「………うん」
「それに、他の人間を選んだりもしない」
「……うん」
「俺がさわりたいと思うのも、俺にさわっていいのも、名前だけ」

ぽつりぽつりと、三郎の言葉が、雨のように私に降ってくる。何だかたまらなくなって扉を開けるとそこには三郎が俯きがちに立っていた。

「さぶろう」
「だから…俺のそばにいてよ」

そう言って私を見た三郎に向かって小さくうなずくと、彼はゆっくり目を見開いた。

「…いいの?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
「…そばにいてって、俺と付き合ってってことだぞ?わかってる?」
「わかってるよ!もう、雰囲気がこわれ」

雰囲気がこわれるなあ、と言おうとした私の言葉は三郎によってさえぎられてしまった。
 ぎゅうぎゅうと私を抱きしめる三郎の肩口に鼻が当たって少し痛い。…でもあったかくて気持ちがいい。緊張のせいか少し震えていた手を三郎の背中にまわすと、三郎は大きいため息をついた。

「…長かったなぁ」
「ご、ごめん」
「まぁでも、名前に好きって言ってもらえたしいいか」

そうしてしばらくの間、私たちは静かに抱き合っていた。いつの間にか雨はやんで、雲に隠れていた月の光が室内に差し込んできているのが見えて、私がその白々とした光に目を奪われている時、三郎がぽつりと呟いた。

「気が抜けたら腹へった…」
「…ね。私も腹へった」
「今日はどっか食いに行こう」
「ラーメン食べたい」
「おー、いいなぁ」

三郎は私から体を離すと、にっこりと笑った。別に初めて見る顔ではないのに、何故だかすごくドキドキした。

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