雨が降ってきたらしい。屋根をうつ水の音が静かに部屋を満たした。
 三郎は真剣な顔で私を見つめていて、私はそんな三郎をぼうっと眺めていた。彼に握られたままの手に感覚はなく、今この時をどこか他人事のように感じている自分が不思議だった。何これ、ドッキリ?私は口をやっと開けると、なんとか声を絞り出した。

「…何言ってるの?」

そんな私の反応が予想外だったのか、三郎は一瞬ポカンとすると身を乗り出して私の両肩をつかんだ。

「だから…俺は、名前の事が好き…なんだよ!」

肩をつかまれてようやく感覚が戻ってきた私は、我に返って三郎の手を振りほどいた。

「…三郎、彼女いるじゃん」
「あの子は…そもそも最初から付き合ってなかった」
「だって彼女ができたって言って、」
「名前の気を惹きたかったんだよ!」
「………え」
「彼女ができたって言えば名前が妬くかと思って…」

そう言ってうつむいた三郎のつむじを見ていたら、何かがぷちんと音を立てて切れた気がした。瞬間、ごんという音と共に自分の拳に走る鈍い痛み。
 気がつくと私は息を荒げながら仁王立ちになり、殴られた痛みで涙目のまま頭をおさえてこちらに顔を向けている三郎を見下ろしていた。

「いって…何すんだよアホ!」
「それはこっちの台詞だよ。もっと早く言ってくれたらこんなにお互いぐじゃぐじゃ悩まなくて良かったのに!」
「何で俺だけのせいになってんだよ。俺があんなに「名前、好きだよ…」みたいな態度だったのに無視し続けてたのはお前だろ!」
「それは…そうだけど、…お前って呼ばないでよバカ!」
「おまっ…論点をすり替えるな!」
「うるっさい、こっち来ないで!」

私は加熱する言い合いから逃げようと一瞬その場に背を向けたが、すぐに踏みとどまって三郎へ向き直った。

「私だってずっと三郎が好きだったし今でも好きだよ。でも、三郎も私のお父さんみたいに違う人をそのうち選んじゃうかもって思ったら怖くて踏み出せなかったの!バカみたいだけど!」

一気にそう言いきったあとは三郎の顔も見ずに部屋まで走った。言った。言ってしまった。私は部屋に入るとそのまま扉にもたれ、ずるずるとしゃがみ込んで頭を抱えた。どうしよう。ちゃんと向き合うってこういう事?何か間違えてしまったような気がして仕方がない。

- 24 -