「おー、馬鹿が帰ってきたな」
「そうだな、馬鹿が帰ってきたな」
「…おかえり、三郎」

私たち三人が一斉に言葉を発すると、途端に三郎の眉間には不機嫌そうに皺が寄ってしまった。帰ってきた途端にいきなり馬鹿呼ばわりされたのだから当然だとは思う。

「何なんだお前らはいきなり…俺がいない間にずかずか上がり込みやがって…名前、ただいま。おら、お前らはもう帰れ。もう外真っ暗だぞ」
「あっ、ひでー!お前の事だって心配してたんだからな!」
「こんなにか弱い俺達を真っ暗な外に放り出すなんて三郎は何を考えているんだろう」
「棒読みはやめろ兵助。うら、帰れ帰れ」

三郎は二人と掴み合い…もとい、じゃれ合いをしながらもあっという間に外へ追い出してしまった。でも玄関まで行って「気をつけて帰れよー」なんて言っているのが聞こえてきて、その仲良しぶりに少し笑ってしまう。一人でくすくす笑っていると、三郎が居間まで戻ってきた。二人になると途端に何を話したらいいのかわからなくなってしまい、手持ちぶさたなまま三郎を見ていると、ふいと目をそらされてしまった。一瞬胸が痛んだが、横を向いた三郎の左頬がうっすら赤くなっているのが見えて思わず口を開いた。

「三郎…ほっぺたどうしたの?赤くなってるよ」
「ん?あー………殴られた」
「えっ!誰に?兵助とハチに!?」
「…まあそれも含めて色々話したい事あるからさ、ちょっと時間いいか?」
「…うん」

急に改まった態度になった三郎の話したい事。内容はなんとなく分かる気がした。きっと私たちの暮らしはもう終わりになるのだろう。また前みたいに何のわだかまりもなく話せる友達としてやっていけたら、なんて思っていたけれど、なんだかそれすらも難しいのかもしれない。悲しいけれど仕方がない。
 …仕方がないなんて言っても、きっと私は三郎と離れることになったら、干涸びるほど泣くだろう。しばらくは立ち直れないかもしれない。でも、もしこれが本当に最後になってしまうのだとしたら、だからこそきちんと三郎と向き合いたい。
 促されるままにソファに腰かけると、三郎は私の正面にまわってその場にしゃがみ、こちらを見上げてきた。その視線が思いのほか強くて、少し泣きそうになる。私は一度目を閉じて深呼吸をしてから、こちらを見据えている三郎と目を合わせた。

「…話って何?」
「ちょっと長い話になるかもしれないんだが…その前にまずこの話の大前提を言っておく」
「う、うん。わかった」

三郎も私と同じように緊張しているのか、何度も大きく息を吸って吐いて、そして目つきはどんどん鋭くなっていく。三郎は怖い顔のままうつむき、そしてがばっと顔を上げて私の手を握りこう言った。

「俺は名前の事が好きだ」

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