家中を掃除するというのは案外大変だった。何度も折れそうになる心を叱咤しつつ時には手抜きをしたりしつつ、ほとんど意地で家中を掃除し終わり、すっかり綺麗になった部屋でくつろいでいると、玄関ががちゃりと開く音がした。三郎だ。雷蔵の用事は結局何だったのか聞こうと思い玄関まで迎えにいくと、そこにいたのは三郎ではなくハチと兵助だった。何故。というか皆当たり前のように入ってきてるけどインターホンの存在は知っているのだろうか。

「二人ともどうしたの?とりあえず家の中に」
「名前のアホッ!」
「なあ名前、ここの植木水が足りてないみたいだけど水やっていい?」
「えええ…」

とりあえず玄関で立ち話もなんだからという私の思いやりは途中で遮られ、何故か私に対して怒っている様子のハチにいきなり怒鳴られてしまった。兵助はといえば、ハチの後ろにしゃがみこんで玄関に置いてある植木を凝視しながら私に水やりの許可を求めている。自由なのにもほどがあるんじゃないだろうか。そして二人とも結局家の中に上がり込んできて、ハチは居間の方へずんずん歩いていき、部屋の入り口から私を手招きしている。兵助はじょうろを持って水を汲みに行った。何だろうこの状況。
 こわごわと居間へ行くと、既にソファに座っていたハチがまたすぐに立ち上がってこちらまで来た。そして私の肩をつかむと静かな低い声で話し始めた。

「勘右衛門に聞いた。なんか今すげー悩んでるんだろ?」
「勘ちゃんあの野郎…」
「まあどうせ名前のことだから三郎関係だろ」
「……ハチ、勘ちゃんからどこまで聞いたの…」
「いや、名前が何か悩んでるらしいよとしか聞いてねーけど」

恐るべしハチの野生の勘。でもだからといって何で家に来たのだろうか。眉間にシワを寄せて考え込んでいると、ハチはらしくないため息をひとつついて、私の背中をばしばしと叩いた。

「い、痛い、痛いって」
「わりぃ。でもさ、お前普段全然何考えてんのか言ってくれねぇしさ」
「う、ごめん…」
「今回の事も勘右衛門から聞くまで俺は全然知らなかったから何ていうか、頼りにされてねぇのかとか思ったら、ちょっと寂しかったっつうか…」
「ハチ……」
「とにかく俺も兵助も友達なんだからもっと頼ってくれていいんだからな!」
「そうだそうだ」

照れたように笑うハチと、いつの間にかそばに来た兵助二人に髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回すようになでられて、じわじわと嬉しい気持ちがこみ上げてくる。そしてまた出てきそうになる涙を振り払い、私は今自分に出来る限りの笑顔を浮かべた。

「ハチ、兵助、ふたりともありがとう。ちょっとね、最近色々あって…悩んでたんだけど、もう大丈夫。そろそろ私も立ち直れるはず!」

そう言ってぐっと握りこぶしに力を入れていると、ふたりとも急にわなわなとし始めてしまった。

「だからその「色々」を話せって!」
「名前は馬鹿だなあ」
「バカってさっきから言い過ぎじゃない…?まあ話すけど…」

詰め寄ってくるふたりの勢いに圧された私は、最近あった色々な事を、ざっとかいつまみながら話した。何ていうか、こうやって改めて人に話すというのは、自分で自分の傷をえぐるというか、少し辛いものがある。でも真剣に話を聞いてくれているハチと兵助を見ていると、きちんと向き合わなきゃと思えて、私はどうにか大体の事を話しきることができたのだった。
 そうして話し終わりふたりの顔を見ると、ふたりは何処か呆気にとられたような顔をしている。どうしたのだろうと首を傾げていると、ハチがぽつりと言った。

「名前…お前…結構馬鹿だったんだな…」
「えっ?まあそうだけど…最初の感想がそれ?」
「まあ三郎も馬鹿だけどな。名前と同じくらい」
「兵助までそんな…確かに私が馬鹿だったけど…」
「だってお前らどう見ても…いや、いいや。多分大丈夫だろ」
「あとはお互い素直に向き合うだけだしな」

哀れむような視線で私を見下ろして、ふたりとも謎めいた言葉を投げかけてくる。素直に向き合う…?そういえばいつか雷蔵と電話で話した時にも同じようなことを言われた気がする。私の頭をなでくり回したり、頬を引っ張ったりしてくるふたりの手を振り払いながらあの時雷蔵に言われた言葉を真剣に思い出していたその時だった。

「おいコラ兵助、八左ヱ門。お前ら名前にあんまりさわるなよ」

どことなく疲れた感じの三郎が、目をしょぼしょぼさせながら兵助とハチの後ろに立っていた。そうだ、思い出した。「とにかくちゃんと向き合うこと。」雷蔵が言ってた言葉。

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