今日は何も予定がない休日。そんな日の昼間。私も三郎も家にいる。少し前までの私たちなら二人で遊びに行ったりしていたんだろうけれど、今はとてもじゃないがそんな雰囲気ではない。だからといって三郎に、彼女とどこかに出かけないの?なんて言えるほど私は強かにはなれない。部屋に籠っているのも変なので居間のソファで雑誌を読んでいると、三郎も居間に入ってきて私の向かいのソファに座った。

「…よう」
「…おう」
「あれ、リモコンどこ?」
「そこにあるよ」

私が机の端に置いてあるリモコンを指さすと、三郎は小さい声でありがと、と言ってテレビを見始めた。少し気まずい雰囲気。でも私は三郎がそこにいるという事が嬉しくて寂しくて、雑誌を眺めるふりをしながらちらちらと何度も三郎の様子を窺っていた。ばれたら気持ち悪がられてしまうかもしれないから慎重に。
 何度か三郎と目が合った気がしたけれど、それはとても短いあいだの事だったので、本当に目が合っていたのかはよくわからない。目まぐるしく動くテレビの画面も、手に持っている雑誌の内容も、みんなどこか遠い世界のことみたいに感じた。窓から入ってくる光の筋の中でうごめく埃の粒を眺めてぼんやりしていると、突然玄関の鍵があく音がして、どしどしと遠慮のない足音が近づいてきた。思わずソファから身を起こして三郎と顔を見合わせていると、何だか眩しいくらいの笑顔を浮かべた雷蔵が居間へ入ってきた。

「雷蔵、どうしたの急に!」
「こんにちは名前。急にごめんね。…にしても何かこの部屋ホコリっぽいよ?」
「う…最近あんまりちゃんと掃除してなかったから…っていうか急にどうしたんだよ雷蔵」
「ん?ちょっと三郎に用があって」

暗に部屋がきたないと言われた事がショックだったらしい三郎はもにょもにょと言い訳していたが、自分に用があると聞いて怪訝な顔をした。雷蔵は三郎の肩をつかむと、私の方へ向き直った。

「という訳でちょっと三郎借りてくね!」
「ちょっと待て雷蔵…今日は俺あんまり出かけたりしたくない気分なんだけど…って痛い痛い痛い」

雷蔵に渾身の力をこめて肩をつかまれているらしい三郎は私に助けを求めるような視線を寄越してきたが、私は唇にきゅっと力を入れて目をそらした。だって何だか今日の雷蔵からは有無を言わさない迫力が漂ってきているのだ。これに逆らえる人はなかなかいないんじゃないだろうか。三郎はその後も一応形ばかりの抵抗を試みていたが、結局は首根っこをつかまれてうなだれたまま外へ連れて行かれた。じゃあいってきます、と出て行った二人を見送った私はしばらく嵐が過ぎ去った後のような虚脱感に襲われてその場に佇んでいたが、五分ほど経ってふと我に返った。
 …これで今この家にいるのは私だけになったわけだが、どうやって過ごそうか。腕組みをして居間の中をぐるぐる歩き回きながら何をしようか考えていたが、ハッとさっきの雷蔵の言葉を思い出し、にわかに全身にやる気がみなぎってくるのを感じた。
 そうだ、たまには私がこの家をきれいにしよう。うん。…大掃除しよう。なんだか無性に掃除がしたかった。家の中をきれいにすれば、胸の中のもやもやしたものまで全部きれいになるかもなんて甘い考えが浮かんだのだ。どちらにしろじっとしているとどんどん暗い気持ちになってしまいそうだし。私は汚れてもいい服に着替えると、むんと気合いを入れて掃除を始めた。

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