俺が悪かったのか、名前が悪かったのか。それとも何だ、誰も悪くない、悪いのは二人をこうさせてしまった運命だとでも言えばいいのか。我ながら吐き気がするような考え方だ。
 有り体に言ってしまえば、後悔していた。名前に好きだと言う勇気が出なかったこと、名前もよく知らなかったような奴に告白をされてはっきり断れずなあなあにしてしまったこと。今までだったら適当に相手を傷つけないようにしながらもはっきり断っていただろう。ただ、今回は違っていた。断ろうと口を開いた瞬間、名前の事が頭をよぎった。
 
…彼女ができたと言ったら、名前は俺の事を意識するだろうか?

一瞬浮かんだその思いが、ためらいを生んだ。すぐに断らなかった俺を見て、脈があると思ったらしい相手が畳み掛けるようにして言った。…すぐに付き合ってくれなくてもいい、友達からでいい。その言葉にゆっくり頷いた俺は、きっと酷く歪んだ表情を浮かべていたに違いない。
 しかしそんな思惑とは裏腹に、彼女ができたと言った時の名前の反応は呆気にとられてしまうほどあっさりとしたものだった。こんな筈ではなかった、すぐにそう思った。違う、嘘だ、本当は付き合ってなんかいない。そんな事が言えるわけもなく、ただただ自分の浅はかな行動を悔やんだ。
 その次の日は朝から名前と喧嘩をした。といってもこちらが一方的に怒っただけだ。扉の向こうから聞こえた名前の声が涙声だったのが不思議だった。泣いていた?何故?もしかしたらまだ望みはあるのかもしれない。そんなほの暗い喜びを抱いて学校から帰ると、家から名前がいなくなっていた。散々心配して、結局勘右衛門の家にいると分かった時は全身を脱力感が襲った。どうして勘右衛門の家に。黒くうねる感情の波に飲み込まれそうだった。
 さらに次の日。「彼女」と遊びに行く約束をしていた。内心気が進まないまま放課後に合流し、どうでもいいような会話をしていた時、ふとした拍子に背中をたたかれた。直接肌にふれられた訳じゃないのに、全身に鳥肌が立った。急に黙りこくった俺を不思議そうに見ていた彼女は俺の腕を見て目を丸くして、それから傷ついた表情をした。今日は出かけるのをやめようと言う彼女にろくな言い訳もしないまま、ひたすら家に向かって走った。早く。早く。早く。俺にさわって、名前。 
 やけにがらんとしているように感じる家の中で、ひたすら名前が帰ってくるのを待った。やがて夕方になり日が沈み夜の帳がおりる頃、すっかり冷えきった室内で、俺の名前を呼ぶ声がした。たった一日会わなかっただけなのにやけに懐かしく感じるその声に引き寄せられるように歩いて抱きしめようとしたとき、戸惑ったような顔の名前を見て、柄にもなく泣きそうになった。
 ああ。こんなにもさわりたいのに今の自分にはそんな資格はない。名前、さみしいよ。さみしい。



- 19 -