次の日の朝は勘ちゃんの家から直接学校へ行った。勘ちゃんと一緒に登校してきた私を見た友達がにやにやと、尾浜くんと付き合ってるの?なんて聞いてくるのを苦笑いして否定しながら講義中を過ごしていたが、私の頭はこれからどうしようかという事でいっぱいだった。
 結局講義中にいい考えが浮かぶはずもなく、のろのろと家へ帰る私の目にふと見慣れた後ろ姿がうつった。三郎だ。声をかけるかどうか迷ってその場に佇んでいると、三郎の隣に女のひとがいることに気がついた。あの人が、三郎の彼女。…きっとそうだ。どことなく大人っぽい雰囲気のその人は、にこにこと笑いながら身振り手振りを交えて三郎に何かを話している。三郎がからかうような表情で首をかしげると、その人は嬉しそうにゆるむ口元はそのままに、それでも怒ったような風で三郎の背中を軽くたたいた。
 …そこまで見て私は二人に背を向けた。それ以上はどうしても見ていられなかった。早くここからいなくなりたい、そう思いながら足早に町へ向かった。



それから何時間経ったか、既に空の色は深い濃紺になり星がいくつかちらちらと瞬いている。三郎達に背を向けて歩き出したはいいものの行く当てもなく、ずっと色々な電車を乗り継いで時間を潰していた私が降りた駅は、いつもの自分の最寄り駅だった。時間が経てば経つほど家に帰りづらくなってしまうのが怖くて結局こうして戻ってきてしまったのだ。自分の情けなさに溜め息をつきながらもやはりどうにも帰りづらく、わざとゆっくり歩いていたが、ほどなくして家へ着いてしまう。玄関の把手に手をかけてこっそり家の中を伺うが、家の中は薄暗い。三郎はまだ帰ってきていないのかもしれないと思ったが玄関の鍵は開いている。おそるおそる家へ入り居間へ行くと、ソファに座って身じろぎひとつせずうなだれている三郎がいた。

「三郎…?」

そっと声をかけると三郎は勢いよく顔を上げ、私を見た。眉をつり上げて、一目で怒っているとわかる表情だったが、私の姿をみとめると泣きそうな顔をしてふらっと立ち上がり、私のところへゆっくりと歩いてきた。

「もう帰ってこないかと思った…」

そう言って緩慢な動作で両腕をこちらへ差し出し、けれど何かを躊躇するような表情を見せてすぐに腕をおろした。そして再びソファへ座り深く溜め息をつくと、両手で顔を覆って私の名前を呼んだ。

「名前…」
「…なに?」
「もし彼女の事とかで気を使ってるなら、大丈夫だから。いきなりいなくなるのとかはやめて…寿命が縮む」
「……ごめん」
「………風邪は?」
「もう大丈夫…治ったよ」
「そっか、よかった」
「三郎」
「ん?」
「心配かけて、ごめん」
「…おう。次やったら怒るからな」



部屋に戻りベッドに腰かけた。さっきの三郎の躊躇していたような顔を思い出す。さっきのあの、両腕。きっと私を抱きしめようとしてのばした、あの腕にふれられることはもう私にはないのだ。私が逃げてばかりいる間に別の人のものになってしまったあの腕も眼差しも声も体温も、全てがただただ恋しい。私はもう決して口にしてはいけない言葉を、真っ暗闇の部屋の中で呟こうとして、やめた。

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