どれくらい泣いたかわからない。いくら泣いてもどんどん涙が出てきて、胸の奥に熱い塊があるみたいだった。どんなに泣き止もうとしても止まらなくて、ようやく涙が止まった時には、頬も服の胸元も手も、みんな涙に濡れていた。私が泣いている間、勘ちゃんはずっと黙って、本を読んだりしながら隣にいてくれた。優しい言葉をかけるわけでもなく、慰めるわけでもない態度が酷く心地よかった。

「ごめん、勘ちゃん、うるさかったよね…」
「いいよ。とりあえず顔洗ってきたら?」
「うん…」

目元をこすりながら洗面所へ向かう。途端に、こすると目が腫れるよ!と後ろから注意されてあわててこするのをやめたが、鏡を見るともう十分に目が腫れてひどい顔になっていて、笑ってしまった。
部屋へ戻ると勘ちゃんがお茶を淹れてくれていた。

「勘ちゃんありがとう」
「どういたしまして。でも夏休みがちょうど終わって良かったよね。休みがまだ続いてたらずっと家にいるの気まずいもんな」
「そう…だよね」

確かにそうだ。夏休みの終わり方としては少し嫌だったけれど、まだ休みが続いていたとしたら、それって結構気まずかったんじゃないだろうか。お茶からたちのぼる湯気を見ながらまた少しぼんやりしているとこちらをじっと見ている勘ちゃんと目が合った。

「ねえ、名前。あれだけ泣いたってことはさ、その…もうわかってるんでしょ?自分の気持ち」
「…………うん」
「そっか。ならいいや。わかってるんならおれがどうこう言うことじゃないし」

そう。本当はとっくに自分の気持ちくらいわかっていた。泣く理由がないなんてただの言い訳だ。三郎の気持ちからも自分の気持ちからも逃げ回っていたツケがきっと今になってまわってきたのだ。大切な事をきちんと考えようとしないでぜんぶごまかして、目先の楽しいことしか考えていなかった。心配してくれていたみんなの気持ちにも気がつかないふりをした。取り返しがつかなくなって取り乱して、まわりに迷惑をかけて。本当に私は馬鹿だ。自己嫌悪と羞恥心が襲ってきて床に倒れ込んだ。すると目の前にあった自分のカバンからはみ出した携帯がチカチカ光っているのに気がつき、確認してみると、三郎からの着信が何件も入っていて思わず体をがばっと起こした。

「どうしたの名前?」
「三郎から着信がいっぱい…」

そう言いかけた瞬間、再び三郎から電話が入った。どうしよう。まだ冷静に話ができる自信がない。それに三郎、今日の朝怒ってたし。携帯を握りしめたまま、救いを求めるように勘ちゃんを見た。勘ちゃんはしばらく口を尖らせて私を見ていたが、仕方ないなあとでも言いたげに溜め息をつくと私から携帯を受け取って電話に出た。

「もしもし尾浜です…え?名前?いるよ。今トイレ。…うん。おれんちにいる。うん。…風邪?…ああ、もう平気みたいだよ」

勘ちゃんはにやにやしながらこちらを見て話している。そういえば私、風邪ひいたって言ってあるんだった…。三郎は心配して電話をかけてくれたのだろうか。再び自己嫌悪に陥り頭を抱えて横になった私に両足をのせながら勘ちゃんはまだ三郎と会話を続けている。重たい。

「いいよ来なくて。今日はおれんちに泊めるから。…うん。ん?あーはいはい、…するわけないだろそんな事。アホか。うん…ん、じゃあな」
「…三郎なんて言ってた?」
「まず最初に、何でお前が名前の携帯に出るんだーっていうのから始まって、風邪の具合はどうなんだとか心配だから迎えにいくとか、名前は寝相悪いから体冷やさないようにしてやってとか…挙句の果てには変な事すんなよ、だって。おれのこと何だと思ってるんだか…」

三郎過保護すぎ、と肩をすくめる勘ちゃんをよそに、私は顔に熱が集まってくるのを感じていた。彼女ができようが何だろうが、三郎は相変わらず三郎のままだ。…そんな簡単な事がどうして分からなかったのか。また涙腺が緩みそうになるのをぐっと我慢しながら勘ちゃんの腕をつかんだ。

「勘ちゃん、ありがとう…私、今すごい幸せかも」
「はあ?三郎に彼女できちゃったのに?」
「うん…それは悲しいけど、三郎は三郎だし、それに勘ちゃんも兵助も雷蔵もハチもいてくれるんだもん。私幸せ者だよ。ありがとう勘ちゃん、友達でいてくれて!」
「名前はおめでたい頭だなあ。本当にもう…そういう恥ずかしいこと平気で言っちゃうんだもんなあ…」

勘ちゃんはそっぽを向いて頭をかくと、こちらへ向き直り頭をぐしゃぐしゃとなでてきた。そして私のおでこを軽くたたいて、「おれも名前と友達で良かったよ」と言うと台所へ行ってしまった。勘ちゃんの耳が赤くなっているのを発見した私はにやつきながら料理を手伝おうと台所へ行ったが、あっち行ってろと追い返されてしまった。

その日勘ちゃんがつくってくれた夕飯はオムライスで、私のにはケチャップででっかくあほと書いてあった。本当に私はあほだよなあと思いながら食べたオムライスは、とてもおいしかった。

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