ああ驚いた。部屋へ戻りドアを閉めると、そのままずるずると座り込んだ。
彼女ができた。そう言われて、へえ、と気の抜けた返事をした私に三郎は、何だよ、素っ気ないなあ。と不満そうにしていた。そんな事言われてもなあ。そのあともただただ驚いてしまって二の句が継げなかった私はそそくさと部屋へ戻ってきてしまったのだ。そうして自分がお面をつけたままだったことを思い出し、ひとりで照れながらお面を外した。三郎ももっと早く言ってくれれば良かったのに。そう考えてはた、と手が止まる。早く言ってくれれば良かったって、何を?お面をつけっぱなしだったこと?それとも、彼女ができたってことを?持っていた手提げかごの中から渡せなかった狐のお面を出して見つめてみる。なんだか三郎に似てるみたい。そう思った途端に視界が滲んで狐の顔がぼやけた。変なの。泣くようなことなんて何もないのに。一人で不審がってみるが涙はとめどなくこぼれて狐を濡らした。

「悲しいことなんて、何も、ない」

自分に言い聞かせるみたいに大きい声を出したけれど、涙は止まらなかった。そのままベッドに潜り込んで何時間もぐすぐす泣いた。泣いたのなんて久しぶりで、だから、私は泣くのが下手になったみたいだ。小さいころはわーっと泣いて、気が済んだらぱっと泣き止んだ。こんな風に細く長く泣くのは初めて。枕に顔をうめて目を閉じて、三郎に抱きしめられたときのことを思い出した。あの時聞いた規則正しい三郎の心臓の音を思い浮かべているうちに、いつの間にか眠ってしまった。

朝。ドアをノックする音が聞こえて、そのあと三郎の「入るぞー」という声がして私は飛び起きた。ドアの前まで走っていき扉が開かないように内側からおさえた。

「名前?朝から何ふざけてんだお前は」
「ちょっ、と風邪!風邪ひいたからあけないで!」
「何でだよ、風邪ひいたんなら余計開けろ、コラ、名前!」
「やだ!開けたら三郎のこと嫌いになる!」

我ながら子供じみたことを言っているとはわかっていたが、どうしても開けるわけにはいかなかった。今朝の私の顔はとても人に見せられるようなものではないはずだ。化粧も落とさず泣き続けて、そのまま眠ってしまった次の日の顔なんて。三郎は鋭いから、私が泣いていたことなんてすぐ気づいてしまうだろう。そのまま必死の抵抗を続けていると、「俺はもう学校行くからな。今日は寝てろよ」という三郎の怒った声が聞こえて、そのあとすぐに玄関のしまる音がした。衝動的に部屋の外へ出たが、当然のように廊下にはもう誰もいなかった。いつも静かな家だけど、今日はこの静かさが耳に痛い。

「何やってんだろ…」

自己嫌悪で頭がくらくらするが、とりあえずはこのぐちゃぐちゃの浴衣とぐしゃぐしゃの顔を何とかしようと私はお風呂場へ向かった。

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