夏休み。私たちは何かに取り憑かれたように遊びほうけた。雷蔵とハチ、勘ちゃんや兵助と一緒に海にも行ったし山へも行った。女の子の友達何人かでお泊まり会というのもやった。もちろん浴衣を着て花火に行くという予定もある。本を見ながら慣れない手つきで浴衣を着る練習を重ね、ようやく本がなくても着つけられるようになった花火大会当日、心が浮き立つのを感じながら待ち合わせの場所へ向かった。三郎は用事があると言って朝から出かけているので現地集合だ。電車に乗り込み、入り口付近の手すりにつかまって携帯を開くと三郎からメールが来ていた。用事が思ったよりも長引きそうなので花火大会に行けなくなったという内容に、了解、とだけ返信して溜め息をついた。近ごろ三郎はちょっと用事だと言っては頻繁に出かける。三郎のことにどうこう口出しできる立場でないのはわかっているが、やっぱり少し寂しい。まだまだ私は子供だなあと苦笑いをしてすっかり暗くなった外を見やると、私の後ろに兵助が立っているのが窓ガラスの反射で見えて思わず息をのむ。そのままゆっくりと振り返ると思いのほか兵助が私の近くに立っていて更に驚く。

「兵助、近い」
「名前浴衣似合うな」
「いつから後ろにいたの?」
「帯が文庫結びじゃないのもかわいい」

会話が噛み合ないというのはこういうことか。いつもはもう少し会話が成り立つのにと思いながら兵助の肩を押して距離をとる。すらっとしている兵助は浴衣がよく似合っていて、車内にいる浴衣を着た女の子達の視線を集めているのだが本人は我関せずといった風で私の帯を観察している。

「なあ名前、これなんて言う結び方?」
「えっとねぇ…貝の口だったかな…」
「確かにそう見えるな…そういえば三郎は?」
「用事があるから来られないって」
「そうなのか?でもここに来る途中見かけたぞ」
「へっ?」
「浴衣着てた」

どういうことだろう。もしかして来ないと思わせておいて後からいきなり合流して驚かせようというつもりだろうか。そうはいくかと花火大会の間もあたりを警戒していたのだが、三郎はとうとうあらわれなかった。何だか私、花火よりもその辺を見回していた時間の方が多かったような。花火に集中できなかったのを内心で三郎のせいにしてとろとろ歩いていると不意にハチに顔をのぞきこまれた。

「名前、どうした?」
「ん?いや、何でもないよ!」
「そうか…?何か元気ないように見えたけど」

ハチはしばらく私の顔を見ていたが、すぐに納得したようににかっと笑うと花火きれいだったなー、と話し始めた。実はろくに花火見ていませんでしたとも言えず、あいまいに相づちをうっているとくいっと袖をひかれた。振り返るとおたふくやひょっとこのお面をつけた三人組がそれぞれポーズをとって立っていたので思わず吹き出してしまった。

「雷蔵と勘ちゃんと兵助?」
「ばれた?」

お面を外した雷蔵が照れくさそうに笑った。その後ろからひょっとこのお面をつけたままの勘ちゃんと思われる人がお面をふたつ渡してきた。ハチは既に翁のお面をつけた兵助から渡された天狗のお面を嬉しそうにつけている。

「ふたつ…?」
「おかめが名前ので、狐が三郎のね。お土産に渡してやって」
「…わかった。ありがと!」

五人でお面をつけて歩いている姿はわりと目立つみたいで色々な人にじろじろと見られたが不思議と嫌な気持ちはしなかった。四人と別れたあともお祭り特有のふわふわした楽しい気分のまま家へ帰り、家の中の電気がついているのを確認しておかめのお面をつけた。そして玄関を一気にあけて居間まで走り、ソファに座っている三郎の肩をぽんとたたいた。そうしてゆっくり振り返った三郎の顔にはそれは恐ろしい鬼のお面がつけられていた。

「びっ…くりしたー」
「まだまだ甘いな名前」
「驚かせようと思ったのに!三郎どうしてお面持ってるの?」

浴衣まで着てるし。三郎の着ている浴衣に目をやりながら聞くと三郎はお面をはずし、頭をかきながらうーんとうなっている。私はというと、三郎が浴衣を着ていることやお面を持っている理由を聞きたいような聞きたくないような変な気分で、鼓動が少し早くなるのを感じた。


「実はさ、俺も花火大会行ってたんだ」
「…うん」
「俺、彼女ができた」


少し頬を赤くしている三郎を見ながら、そういえば玄関の鍵まだ閉めてなかった。そんなことをぼんやりと考えていた。

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