朝。いつものようにまぶしい光に目を細め起き上がる。大きなあくびをしながら頭をゆるりと振り、まだ隣で眠っているであろう三郎を起こそうと横を見ると、そこにはひと一人分のスペースがあるだけで三郎はいなかった。昨日は三郎が一週間ぶりに家に帰ってきて、そして当たり前のような顔をしてベッドに入ってきたはずなのに。おかしいなあ。まだ覚めきらない眠気を振り払うように勢いよく立ち上がるとほのかにコーヒーのにおいがした。そのにおいにつられるようにして台所を覗いたが、誰もいない。そのまま歩を進め、居間へ行くと、三郎は窓の外を眺めていた。声をかけようとして三郎の横顔を見た途端、私は口をつぐんだ。
 三郎が、なんだか知らない人のように見えた。言葉を失って立ちつくしていると、私の気配に気がついた三郎がこちらを見た。

「おー、名前、おはよう」
「お、はよう」

からだに冷水を浴びたような気分でその場に立ったままの私に不思議そうな顔をしながら近づいてくる三郎はすっかりいつもの顔で、私の知っている三郎だ。さっきのは何だったんだろう…?

「珍しく早く起きてきたと思ったらまだ寝ぼけてるのか?おーい、名前ー、起きてますかー」

私の目の前まで来た三郎は私の頭をがしっと両手でつかむと容赦なしに揺さぶってきた。の、脳みそが揺れる。あわてて起きてます起きてますと言いながら三郎の手を抑えると、ようやく私の頭は解放された。

「さっき、三郎が窓の外見てたときに、知らない人みたいに見えたからびっくりしてた」
「朝日に照らされた俺はかっこよさ三割増しだからな…」

そう言ってポーズを決める三郎を見ていたらさっきのは気のせいだったように思えてきて笑ってしまった。やっぱり朝だったから寝ぼけていたのかもしれない。

「そういえば昨日、一緒に寝たよね?」
「途中までは寝てたんだけどな。暑くなったから自分の部屋に移動したんだよ」
「朝起きたらいないからどうしたのかと思ったよ」
「これから夏だからな…。二人で寝てたら多分熱中症になるぞ」
「それは悲惨だねえ」
「だろう?」

なるほどそういうことだったのかと納得する。確かに近ごろ暑くなってきたし二人で同じベッドにいたら寝苦しくて大変そうだ。夏になったら何をしようかとはしゃぐ三郎と話しているとどんどん楽しい気分になり、私はこれから来る夏に思いをめぐらせ、かすかな違和感は頭の隅に追いやられた。そしてその日から三郎は毎日自分のベッドで眠るようになり、朝起きたときに隣に人がいないことに私が慣れてほどなくして、夏が来た。

- 13 -