初対面の時の印象はあまり覚えていない。強いて言うなら、ふつう。人当たりも悪くない。ふつうの女の子。それが名前の印象。ただ、べたべたしていない性格なのがいいな、と思った。
 だからある日、少し怒ったような顔をした名前が、俺の他人との距離の取り方を指摘した時は驚いた。そのあとまともに取り合うのが面倒だった俺がふざけた態度をとると、すごい力でチョップまでしてきたのだから初対面の時の印象というのはあまり当てにならないかもしれない。反射的にデコピンを返してにらみ合い、「覚えてろよ!」と捨て台詞を吐いてその日は家に帰ったのだが、家についてからふと鏡を見ると、自分のにやけている顔が目に入ってきた。頭の打ち所が悪かったのだろうかと首をかしげたが、チョップされた時に鳥肌が立たなかったことを思い出した。そして何だかいてもたってもいられなくなり、雷蔵の家へ行った。いきなり訪ねてきた俺の話を黙って聞いていた雷蔵はしばらく考えてからぽつりと言った。

「三郎、嬉しかったんだね」
「……へっ?」
「自分の事をちゃんと見てくれる人に会えて嬉しかったんだね。良かったじゃないか。それにさわられても平気だったんだろう?友達が増えて良かったね」

頭の上に疑問符を飛ばしまくる俺を無視して雷蔵は一人でどんどん話を進め、納得したようにうんうんと頷くと、提出期限が近い課題があるからと俺を家から追い出した。外へ放り出された俺はしばらく雷蔵の家の玄関の前で佇んでいたが、急に雷蔵が言っていたことを理解して、顔が赤くなるのがわかった。もしかして俺って、客観的に見ると、友達ができたのが嬉しくて、とにかく雷蔵に報告に来ただけの奴なのか?赤くなった顔を隠しながら急いで家へ帰り、机につっぷした。やばい。恥ずかしい。
 次の日からはその恥ずかしさをごまかすように名前をからかいまくった。俺にからかわれる度に名前はキーッと怒ったが、不思議と喧嘩をする事もそんなになく、俺と名前はどんどん仲が良くなっていった。上辺だけの関係からより深く、友人という枠もこえた不思議な関係。




隣で寝ている名前の顔を見る。まさかあの頃は二人で一緒に暮らす日がくるとは思わなかった。でも、この生活もそろそろ終わりが近いのかもしれない。近ごろの名前は少し変だ。ふとした瞬間に何かを考え込むような表情を見せる。俺が研修旅行から帰ってきた時も、受話器を手にしたまま一瞬戸惑うような顔をしたのに気づいてしまった。誰と電話をしていたんだろう?…俺と名前はまるで鏡にうつしたように似たもの同士だ。お互いの事をとても大切に思っているけれど、ふざけてでも「好き」と言ったことはない。言えば何かが変わってしまう気がするから。この間名前は、三郎はもてるんだから誰かと付き合ってみたらいいと言っていた。それは名前の望みなんだろうか。眠っている名前の髪に指をとおすようにして頭をなでると気持ち良さそうに大きく息をついた。

「…子供みたいな顔して眠るんだな…」

こっちがハラハラするくらい無防備だ。名前の額に口づけて部屋を出た。今夜は自分の部屋で眠ろう。

- 12 -