それは私と三郎が学食でお昼ご飯を食べていた時のことであった。三郎が教授の顔真似をして変な事ばかりするので耐えきれなくなった私が飲んでいた水を噴き出し、三郎が私の口のまわりをハンカチで拭いてくれていた時。私たちのいるテーブルにかわいい女の子が近づいて来た。何度か見かけたことのある顔だったので一応あいまいな会釈をすると彼女も軽くぺこっとお辞儀をした。そしてすぐに三郎に向き直ると口を開いた。

「…三郎くん、この人、三郎くんの彼女?」
「いや?違うけど」
「でも、何だかすごく仲良しなんだね…」
「まぁ俺と名前は切っても切れない仲というか、家族みたいなものだな」

三郎が素っ気なく言うと彼女は泣きそうな顔で無理に笑い、「そっか、邪魔しちゃってごめんね?」と言って去っていった。彼女の表情は何というか、三郎のことが好きなんだと一目でわかるようなものだった。

「今の人って…」
「この間告白してきた…えーっと…名前忘れたな…」
「それは流石にひどいよ三郎…」
「そうか?ていうかやっぱり俺たち付き合ってるように見えるんだな」
「うーん…そうみたいだねぇ」
「…いっその事本当に付き合っちゃうか?」

またふざけたこと言って、と三郎の顔をぱっと見ると、思いがけず三郎が真剣な顔をしていて息をのんだ。どうしよう。足下がぐにゃりと歪んだ気がした。いつものように笑おうとしたけれどうまく笑えず、そのときの私はひどい顔をしていただろう。そして一瞬の間を置いて三郎はいつもの少し意地悪そうな顔で笑って私の頭をなでた。

「嘘だよバーカ。名前、今お前本気にしただろ」
「そりゃ、本気にするよ…」
「名前は最近些細な事じゃ驚かなくなったからな。やっぱり人をひっかけるのに必要なのは演技力だな」

じゃあ帰るぞ、と普段よりも陽気に私の手を引く三郎の顔を私はきちんと見る事ができていただろうか。

ごめんね、三郎。優しいあなたに騙されたふりをする私を許して下さい。だって、さっきのあなたの顔は、切なそうな顔で三郎を見ていたあの女の子にそっくりだった。

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