近頃同じクラスの潮江文次郎がやけに鬱陶しい。何と言えばいいのか、そう、何かお父さんみたいな感じで色々と小言を言ってくるのだ。スカートの丈が短いとか授業中に口を開けて居眠りするなとか上履きのかかとは踏むなとか言葉遣いが汚いとか。何なんだ、一体何故私に突っかかってくるのだ、潮江文次郎よ。

「そんな下らん事を聞いてくるな、この低能が」
「ねぇいくら何でもひどくない?」
「ひどくない」
「…クソ立花が…」

同じクラスで私の後ろの席の立花に、ここ最近の潮江についてどう思うかね、と尋ねてみたところがこの返答である。まぁ最初から分かってたけれどね、こういう感じの答えが返ってくるって事はね。それでも多分潮江の事を一番よく知っているであろう立花なら何かしらの見解を示してくれるかと少し期待していたのに。役立たずめ。立花の机に肘をついたまま足を組み替えると、どたどたとうるさい足音が近づいてきた。

「名字、お前…足を組むな行儀が悪い!」
「うるさいよ潮江声が大きいよ潮江行儀が悪いよ潮江」
「お前のせいだろうが!と、とにかく足を組むな!」

何故か顔を赤らめながら走ってきた潮江は私の行儀についてぎゃあぎゃあと騒いでいる。聞く耳持たずな私の態度にしびれを切らしたのか、急に奴は自分の上着を脱ぐと私の膝に投げつけてきた。何だこれどういうことだ。怪訝な顔で潮江を見上げると、奴はばっと私から視線をそらした。

「パ…スカートの中が見えるだろうがアホ!」

今絶対パンツって言おうとしただろこいつ。ていうか何なのホント?潮江は私のお父さんなの?それにスカートの下短パン穿いてるもんね。…等と反論すると更に小言がヒートアップする事間違いなしなので私は渋々潮江の上着を膝に掛け直した。

「で、潮江は何?私に足組むなって言う為に来たの?」
「いや…それもあるが…なぁ、名字。生徒会に入らないか?」
「嫌です」
「即答かよ…お前部活にも入ってないんだしもうちょっと興味を示せよ…なあ仙蔵」
「あーそーだな」
「お前も興味を示せよ!生徒会長だろうが!」

だるそうに机にへばりついている立花に対して潮江がぎゃんぎゃんと怒り始めたのをこれ幸いと私はそっとその場から逃げ出した。このあと選択授業だしいつまでもあいつらには付き合っていられないのだ。
 それにしても私に生徒会に入れとはどういうつもりなんだろう。私まるでやる気がないんだけどな。私の学校はかなり生徒に自治がゆだねられているので生徒会に所属する生徒は結構大変らしい。そういえばこの間書記の生徒が辞めてしまったと潮江が言っていた気がする。…きっと大変なんだろう。だからあんなに隈があるのかもしれない。まあ私はやらないがな。
 ぐじゃぐじゃと考えている間に授業は終わり、今日は帰りのHRもないしさあ家に帰るかと腰を上げてふと潮江に上着を借りっぱなしである事に気付いた。ここで面倒だからと返さずに帰宅したら明日は小言地獄だ。やれやれとため息をついて潮江がいるであろう生徒会室へ行き、扉をノックしてみたが誰も返事をしない。せっかく私が来てやったのに失敬なと思いながらそっと中へ入ると、そこには椅子の背もたれに深く寄りかかって居眠りをする潮江がいた。うわあ…何か…意外と寝顔がかわいいぞ…?私は潮江を起こさないように近づいて隣に座り、まじまじとその寝顔を見つめてみた。こうやって見ると案外幼い感じに見えるなあ。髪なんかもさらさらしてるし……すうすうと寝息を立てる潮江の髪に手を伸ばそうとしてはっと我に返った。何をしようとしているんだ私は。気持ち悪いぞ私。…なんだかこっ恥ずかしくなってきたから帰ろう。潮江の肩に上着を掛けて出口へ向かおうとすると、急に手首をぐっと掴まれた。

「潮江…起きてたの!?」
「いま起きた」

まだ少し寝ぼけているのか、目をしばたたかせながらふにゃりと笑う潮江の顔を見た途端心臓がぎゅうっとなるのを感じて動揺した。なんだ…なんだこれは!潮江だよ?これ潮江だよ!?
 私の内心の動揺をよそに、潮江は私の手首をつかんでいない方の手で目をこすっている。そして肩に掛けてある上着に気付いたらしく、こちらを見てまた柔らかく笑った。

「これ、上着…ありがとな」
「う、うん!じゃあそろそろ私は帰りましょうかね!」

私が大きい声を出すと、潮江はようやく頭がはっきりしてきたらしく、瞬きを何度か繰り返して私の顔と握ったままの手首を交互に見た。そして急に奇声を発して私の手首を放し、椅子ごと後ろへガタガタと後ずさっていった。

「な、何だお前は!驚かすな!」
「それはこっちの台詞でしょうが!」
「う、う、うるせー!バカタレ!帰れ!」
「言われなくても帰りますよバーカ!」

やはり潮江は潮江だった。さっきのは多分あれだ、幻だ。必死に動悸を鎮めようとしながら扉に手をかけると後ろから呼び止められた。なんだよ私はもう帰るんだよちくしょう。

「…名字」
「………何」
「その…いきなり怒鳴ってスマン」
「…うん」
「それとだな…その、なんだ、お前が生徒会に入ってくれたらだな、あー…俺は嬉しい」
「へっ」
「仙蔵も!そう言ってたしだな…まあ、とにかく…考えといてくれ」
「…うん。考えとく」

眉間にシワを寄せて少し頬を赤くしながら話す潮江に、じゃあまたね、と別れを告げて扉を閉めてから私はしばらく神妙な面持ちで静かに廊下を歩き、完全に生徒会室が見えなくなったところで猛然と走り始めた。廊下を走るなと注意する先生やにやにやしながらこちらを見ている立花を無視してひたすら走った。そしてそのまま家まで走り続けた。途中で近所の小学生にあーお姉ちゃん顔真っ赤ーとか言われたがこれまた無視して走った。
 …あれだよ、この心臓がやたらとドキドキいってるのは走ったからだよ。絶対。部屋の鏡に映っている真っ赤な顔をした自分を睨みながら自己暗示をかけようとしてみたがダメだった。無駄だった。どうしようかこの気持ち。立花に知られたら絶対大笑いされるに違いない。でも。
 …とりあえず明日潮江に会ったら、書記になってやってもいいって言おう。
















4444でリクエストを下さった鉄粉ライス様へ贈ります!大変お待たせしてしまって本当にごめんなさい。そして潮江の奮闘記的なお話ということでしたが、こんな感じでよろしいでしょうか…!室町か現代か悩みましたが室町の潮江くんの恋愛はすごく切なくなってしまいそうなので現代にしてみました。そしてですね、コメントで短編にある潮江くんのお話に触れて下さっていたので、あの話と繋がっている感じにしてしまいました。気に入って頂けたら嬉しいです。ではでは、リクエストありがとうございました!

2010.10.17 ヨル