ふたりして豪快な寝坊をした朝。もう急ぐこともないやとのんびり大学へ向かっていると、三郎がふと足を止めた。

「どうしたの?」
「なんか大学行く気がしない」

そう言われると私までそんな気分になってくる。空はふかく青く、どこかで咲く花の香りが風にのってやってくるどこまでも長閑な陽気だ。私たちはしばらく思案顔でお互いを見合っていたが、どちらからともなくにやっと笑い、大学とは別方向に足を向けた。

「どこ行こうか?」
「そうだなぁ…海?」
「海かあ。いいねぇ」

学校をサボると決めた後というのはどうしてこんなに爽快な気分なんだろう。理由もなく笑顔になってしまう。隣を歩く三郎もなんだかすごく楽しそうだ。やけにニヤニヤとしている私たちが電車に乗り込むと、他の乗客がちらりとこちらを見た。好きなだけ見るがいい。今なら大抵の事は平気だから。
小さく鼻歌を歌いながら車窓に手のひらをつけて外を見ていると、肩を指でつつかれた。

「なに?」
「海って言ってもさ、港がある所に行こうぜ」
「港町?」
「そう。そんで観覧車乗ろう」
「やだ三郎ったら、乙女チック!」
「うるせー。いいから乗るぞ!」
「はーい」

観覧車かあ。最後に乗ったのはいつだっただろう。記憶にある限りでは小学生の時に乗ったのが最後だったような…だとすると十年以上乗っていないということだ。なんだか不思議な感じ。三郎が観覧車に乗りたがるのも不思議だけど。
目的地に着き、駅を出ると涼しい風が吹いてきて、かすかに潮の香りがした。ここからは見えないけれど、少し歩いただけで海が見える場所に着くはず。整備された港だから砂浜もないしサーファーもいない海。少し独特な雰囲気のこの町は、私と三郎のお気に入りの場所だ。マンションやビルが建ち並んで、道は全部きれいに舗装されている。地下鉄も走っているし、映画館も最近新しく出来た。どちらかというとおしゃれな町並みなのだ。でも海へとつづく川沿いを歩いているとだんだんまわりの雰囲気が変わってきて、遊園地とも呼べないような寂れた遊技場みたいな場所があり、私たちの目指す観覧車はそこにある。結構オンボロな感じだけれどこの観覧車は町のシンボルだ。昼間は静かにまわっているだけだが、夜になると一気にライトアップされてとてもきれいなのだ。ライトアップされた観覧車がいちばんきれいに見えるのは、少し離れた場所を通っている高速道路の上からじゃないかと私はひそかに思っている。それは多分、最後に観覧車に乗った小学生の時、お父さんの運転する車に乗って見たキラキラ光る観覧車が目に焼き付いているからかもしれない。光がにじんだりチカチカ点滅したり、興奮した私が車の窓を開けようとして怒られたのもいい思い出だ。

「名前、チケット買ってきたから乗ろう」
「ん、ありがと!」
「うーん…楽しみだ、観覧車…」
「三郎が観覧車乗りたいなんてなんか変なの」
「俺乗ったことないんだよ、観覧車。前雷蔵とこのへんに来たときに一緒に乗ろうって言ったら全力で拒否されたし…」
「そりゃ男同士で観覧車はちょっとしょっぱいよ…」

三郎と雷蔵が膝をつき合わせてむうっとした顔で観覧車に乗っているのを想像して笑ってしまった。あ、でも三郎ははしゃぐんだろうな。
平日の昼前ということもあって、少しも待つことなく私たちの番がまわってきた。三郎は初めての観覧車で少し緊張していたのか、係員に指示されて観覧車に乗り込み、動き出すまでは静かにしていた。
のんびりのんびり、観覧車が空へ近づいて行くにつれ、町全体が見渡せるようになってきた。海、港、客船にビルに大きな橋。

「おおー…」

思わず感嘆の声をもらすと、それまで静かだった三郎がぽつりと言った。

「なんか……俺たちが爺さん婆さんになってもさ、こうして観覧車乗ってる気がするな…」
「…………えっ」

驚いて三郎の顔を見ると、あっという間に彼の顔は真っ赤になっていった。

「ばっ…ばか、お前、勘違いすんなよ!友達としてって意味だよ!!」
「あっ、わ、わかってるよ?別に勘違いしてないし!」
「これだから名前は…まったく…」
「何だよバカ三郎め…」

三郎はまだ赤い顔を隠すために私に半分背中を向けるようにして座った。そんな事をしても耳が赤いの見えてますよ、とは言わない。多分私も顔が少し赤くなっているに違いないから。
なんだか今日の三郎はいつもよりも乙女っぽい。この気の抜けるような天気がそうさせるのかこの町がそうさせるのかは分からないが、たまにはこういう三郎もいいなと思う。手のひらで顔をパタパタとあおぎながら外を見ていると三郎が私の袖を引っ張った。

「…これ降りたら飯食いにいこう」
「うん。ラーメン食べたいな」
「おう」
「…食べ終わったらもう一回これ乗ろう?」
「………おう」

そしたらその後は、ふたりで家に帰ろう。












3088番でリクエストして下さった狗悟様へ贈ります。初めて来て頂いたのにリクエストを下さってありがとうございました!なんだか、こう…当たり屋みたいなサイトで申し訳ないです(笑)三郎の長いお話の設定で、皆でわいわい遊びにいくお話か三郎とほのぼの、とのことでしたので三郎とほのぼのの方を取らせて頂きました。仕上がりはなんだか…ほのぼの…?といった感じですが…大丈夫でしょうか…。
ではでは、リクエストありがとうございました!

2010.09.17 ヨル