ぐてっと体の力を抜いて畳に仰向けになった。障子を閉め切っているのにも関わらず外から入ってくる冷気は鼻の先を冷たくする。今日あたりもしかしたら初雪が見られるかもしれない、と朝の食堂で誰かが言っていたのを思い出した。
今日は珍しく何も予定がない休日で、明日からの英気を養うという名目で一日中くだらない時間を過ごすことに決めたのだ。静かに気持ちが盛り上がってきた私は畳の上でしゃくとり虫のような動きをしたり部屋の端から端まで転がったりしていた。次は背泳の動きをしようと天井を見ると軽蔑の眼差しをこちらへ向けている三郎と雷蔵と目が合った。動揺した気持ちを悟られないように私はしばらくの間二人と静かに見つめ合いながら背泳の動きをしていたが、しびれを切らした二人が私をめがけて天井からひらりと降りてきたのであわてて部屋の隅へ飛びのいた。

「…天井裏で何してたの」

ひとりの時間を邪魔された上に奇行を目撃されてしまった手前、やや非難がましい口調で聞くと三郎がためいきをつきながらやれやれとばかりに肩をすくめた。うわあ腹立つ。

「何してたのってそれはこちらの台詞だろう。なあ雷蔵」
「うんまあね。あ、でも別に聞きたいわけじゃないから説明しなくっていいからね」

にこっという音が聞こえてきそうなくらいさわやかな笑顔を浮かべて雷蔵は私の肩に手を置いた。その手をぺっと振り払うと特に気に留めた様子もなく雷蔵は私の文机に向かい懐から出した本を読み始めた。とりあえず私も座るかと思い畳に手をつこうとすると手のひらにぐにっとした感触。手をついた場所に目をやると三郎が腹の上にまんじゅうをいくつかのせて仰向けになっていた。私が手をついたのは三郎の腹の上のまんじゅうだったらしい。むしゃむしゃとまんじゅうを食べている三郎の顔をちらりと見てから私も腹の上のまんじゅうをひとつ失敬した。

「二人ともなに、何か用」
「ううん、別に。暇だったから」
「私も暇だったから雷蔵について来た」
「あー、なるほど…」

納得した私は雷蔵から本を一冊借りて腹ばいになり、まんじゅうを食べながら読み始めた。しばらくすると背中にずしっと重さがかかった。横目で確認すると三郎が私の背中を枕に眠ろうとしているところだった。まあいいか。黙認して再び本に視線を落とすとほどなくして規則正しい寝息が聞こえてきた。つられてうとうとしていると雷蔵がふふっと笑った。

「名前、眠い?」
「うん、ちょっと眠い…でも寒い…」
「確かにちょっと冷えてきたね。…ちょっと待ってて」

そう言って天井裏へ上がっていった雷蔵はほどなく障子を開けてふつうに部屋に戻ってきた。その手には火鉢。

「あっ火鉢!…でも今ふつうに入ってきたけど平気だった?」
「うん。さすがにこれ持って天井には上がりたくないと思ったからふつうに来たんだけど誰にも会わなかったよ」
「それは運がいい。ありがとう雷蔵あったかいです」

腹ばいのままずりずりと火鉢の方へ近寄ると背中から三郎の頭がごんっと落ちた。うーんと唸って起き上がったがまだ寝ぼけているらしくあたりをきょろきょろ見回している。そして暖かさにつられるようにして火鉢の方へ移動してきてそのまま私の横へごろりと寝転がって寝てしまった。雷蔵も文机からこちらへ場所をうつし、仰向けになって本を読み始めた。

「今私たち川の字になってるよ雷蔵」
「ん?あー、本当だ。名前の背がもう少し低かったら完璧だったね」
「本当だねー」

顔を見合わせて二人で笑っているとその和やかな雰囲気をぶち壊すように障子がぴしゃりと開け放たれた。途端にびゅうびゅうと外から冷気が入り込み全身に鳥肌が立った。思わず上半身を起こして外をにらむとほっぺたを真っ赤にした八左ヱ門が開け放した障子に寄りかかるようにして立っていた。

「ちょっと寒いよ八左ヱ門!」
「そうだよせっかく僕が火鉢持ってきたのに」
「バッカ、お前ら外見ろよ!こんな時に部屋でごろごろしてるなんてもったいないぞ!」

そう促されてあらためて外を見ると、白、白、白。世界が白く染まっていた。これは、すごい。初雪が降るかもしれないとは聞いていたがこんなにたくさん降るなんて。ばさばさと降る綿雪があっという間に庭に積もってゆく。

「わー、すごい、初雪だよ!」
「道理で寒かったわけだねえ」

廊下に出てきゃあきゃあやっていると八左ヱ門が後ろで三郎を起こそうと四苦八苦していた。この寒さで既に起きているだろうに三郎は体をまるめて抵抗している。すると雷蔵がすたすたと部屋へ入っていき、次の瞬間三郎が外へぽーんと飛んできた。雷蔵と八左ヱ門で協力して三郎を放り投げたらしい。庭に積もった雪に頭からつっこんだ三郎はしばらくそのままの体勢でいたがゆらっと立ち上がり私たち三人に向かって手当り次第に雪をつかんで投げてきた。

「ぎゃああ!冷たい!ちょっと三郎、私は何もしてないでしょ!」
「うるさい!こうなったら皆道連れだ!」

目の色を変えて雪をつかんでは投げつかんでは投げしてくる三郎からぎゃあぎゃあと逃げ惑い、私たち四人はいつの間にか裏庭で盛大に雪合戦を繰り広げていた。あらためて周りを見回すとどの学年も皆思い思いに雪で遊んでいる。雪だるまをつくる者かまくらをつくる者。皆ほっぺたを赤くして白い息を吐きながら雪に夢中だ。そんな光景をぽーっと見ていると油断大敵の声と共に私の顔に大きな雪玉が命中し、私はその場に倒れた。八左ヱ門と雷蔵、三郎の笑い声が聞こえ、すぐにやり返してやろうと立ち上がると笑っている三人の後ろに兵助と勘右衛門が歩いてくるのが見えた。私の視線ですぐにそれを察した三人は各々雪玉を持つと振り向きざまに思い切り二人へ投げつけた。すると勘右衛門が素早く兵助の肩をおさえてその後ろへ隠れ、私たちの投げた雪玉は全て兵助に命中した。一気に雪まみれになった兵助は状況が把握できていないのか目をぱちぱちさせていたが、急にくわっと目を見開くとそのままこちらへ飛びかかってきた。すかさず応戦した八左ヱ門が兵助を一本投げするのを横目に見ながら私は勘右衛門のところへ歩み寄った。

「勘右衛門と兵助も雪合戦しに来たの?」
「いや、俺らはどうせ皆ここで遊んでるだろうと思って呼びにきたんだ」
「何で?」
「今日は特別寒いからって食堂のおばちゃんが甘酒を用意してくれたんだよ。皆で頂きに行こう」
「それはいいな」

いつの間にか近くに来ていた三郎が両腕をさすりながら言った。

「うわ、三郎鼻水出てるよ」
「そういうお前も出てるぞ名前」
「えっうそ」

二人で鼻をすんすんさせていると雷蔵と八左ヱ門、兵助もこちらへ歩いてきた。八左ヱ門は甘酒甘酒!と嬉しそうにしている。兵助はさっき集中攻撃を受けたことをすっかり忘れたようで雷蔵と笑いながら何か話している。そうして六人そろったところでわやわやと食堂へ行き、おばちゃんから甘酒をもらって飲むと体がじんわり暖まって皆ほーっと息をついた。この時期の甘酒は体にしみるなあなどと言い合う皆をみていてある事に気がつき、くすっと笑うと隣にいた雷蔵が不思議そうな顔をした。

「名前どうしたの?」
「ん?いやぁ、今日はひとりでだらだら過ごそうと思ってたのにいつの間にかいつもの面子がそろったなあと思って」
「…本当だ。何かおかしいね」
「うん。でも楽しいね」

そう。いつもこうしていつの間にか皆が集まり、結局私がひとりで休日を過ごすことなんてほとんどないのだ。けれどもわいわいと騒いでいる皆を見ているとやっぱりひとりよりもこっちの方がいいかなんて思ってしまう。何だかんだ言っても、友人とこうして過ごす時間は楽しいから。












2700を踏んで下さった透琉様へ感謝の贈り物です。リクエストにきちんと沿えたかどうか少し不安ですがどうでしょうか…。このお話を書くにあたり、あらためて友情という言葉を辞書で引いてみたりして私としてはとても楽しかったです!このたびはリクエストを下さりありがとうございました!!

ヨル 2010.09.13