今日もいい天気。空は青く晴れ渡り、心地よい風が制服のスカートを揺らす。

私が高校に入学してから三ヶ月、季節は夏の始まり。友達もできたし、何よりも高校生活にようやく慣れてきたと思う。
 けれど私には気になる事がある。思えばそれは入学式の日から始まった。式が始まる前、体育館の裏にあるたくさんの桜を見ていたとき。移動教室のときの廊下。教室でお昼を食べているとき。登下校中。いつも誰かに見られているような気がするのだ。振り向いたりあたりを見回しても誰もいないし、友達に聞いても気のせいだと言って笑われてしまった。
 
 しかし私にはなぜか確信に近い気持ちがあった。私は誰かに見られている。

そして私は決意した。この視線が誰のものなのか確かめようと。
ある日の放課後、夏休みまでには視線の主の正体をつきとめてやると息巻く私を、同じクラスの鉢屋くんが鼻で笑った。

「絶対無理だね。名字ぼーっとしてるから」
「そんな事ないよ!失礼だな」
「百円賭けてもいい。名字はそいつを見つけられない」

人を小馬鹿にしたような顔でにやにやしている鉢屋くんをたたいてやろうかと思ったが、まるで視線の主が誰なのかを知っているような口ぶりが気になった。

「鉢屋くん私を見てるのが誰か知ってるの?」
「いや?知らないな」

明らかに嘘をついています、という顔で肩をすくめる鉢屋くんを今度こそたたこうとしたが鉢屋くんはニヤニヤしたままのらりくらりと私の手をよけてしまった。なんて憎たらしい。悔しがる私を尻目に鉢屋くんは机の横にかけていたリュックを背負うと、背を向けたまま後ろ手に手を振り教室を出て行った。明日不破くんに言いつけてやる。そう思いながら教室の入り口を見ていると鉢屋くんがひょいっと顔だけ出して、「まぁそのうちわかるだろ」とだけ言うとまたさっと帰ってしまった。慌てて廊下へ出ると隣のクラスから私とほとんど同時に飛び出してきた男の子と目が合った。




 今日もいい天気だ。青い空にきれいな白い雲がいくつか浮かんでいる。少し汗ばむくらいの陽気で時折吹く風が心地よく髪を揺らす。

高校に入学してから三ヶ月が経った。小さい頃からの付き合いの友達が四人いることもあって、高校生活に慣れるのは早かった。
 でも俺には入学当初から気になっていることがある。いちばん最初は入学式の日、体育館の裏で桜を見ていたとき。それからは教室で昼食を食べているときや移動教室の廊下、登下校中も。何だか誰かに見られているような気がするのだ。はじめはただの思い過ごしだろうと特に気にもしていなかったのだが、どうも気のせいではないと思い始めたのは先月くらいだったろうか。
俺は一度気になり出すととことんまで気になってしまう性格だ。この視線の主が誰なのかを突き止めようと思う、と小さい頃からの付き合いで同じクラスの勘右衛門に言うと、勘右衛門はにやっと笑った。

「兵助けっこうぼんやりしてるからなぁ。見つけられるかな?」
「見つける。このままだと気になって夜も眠れなくなりそうだから」
「あー…それはそれで面白いかも」

飄々とした笑みのまま無責任なことを言う勘右衛門に少しムッとする。よく俺はぼんやりしていると言われるが決してぼんやりしているわけではなく、色々な事を考えているのだ。それにしても勘右衛門の口ぶりは何かを知っているような感じだ。


「…俺の事を見てるのが誰だか知ってるのか?」
「知らなーい。全然知らなーい」


わざとらしくあらぬ方を見ながら答える勘右衛門を一発殴ってやろうと立ち上がると、勘右衛門も慌てて立ち上がりカバンを引っ掴むと、「そのうち会えるって!」と言い教室から走って出て行ってしまった。今の言い方からすると、やっぱり知ってるんじゃないか。問いつめてやろうと教室を飛び出すと、同時に隣のクラスからも女の子が走り出てきて、目が合った。




 時間を少し戻して、私には入学式の日に一目惚れをした人がいる。私が通う高校の体育館の裏には、本当にたくさんの桜の木がある。あたり一面桜色の光景にひきよせられて、あと少しで入学式が始まるというのに私は外に出た。満開の桜の木の下で、いくら散っても花びらは減ることがないように見えて、圧倒的な光景にただただ見とれていた。すると近くでほうっと溜め息が聞こえ、そちらを見るとひとりの男の子が、私と同じようにして桜を見ていた。おそらく私と同じ新入生なのだろう、真新しい制服がよく似合うその男の子は、白いほっぺたを桜と同じ色に染めてとても嬉しそうに桜の花吹雪の中に立っていた。すっと伸びた背筋に意志の強そうな太い眉が印象的なその姿を見た瞬間、私はその男の子のことがどうしようもなく好きになってしまったのだ。私、一目惚れなんて、初めてした。その場から動けなくなってしまった私が立ちつくしていると、不意に体育館から出てきた先生と思われる人に叱られてしまった。いつの間にかもう式が始まる時間になっていたのだ。
後から知ったのだけれど、その男の子の名前は、久々知兵助くんというらしい。






唐突だが俺は高校に入学したその日に好きな人ができた。入学式が始まるまで校内を少し見学しようと思いつき、友達が止めるのも聞かずあちこち歩き回っていた。そろそろ式が始まる時間だなと思い体育館へ向かうと、体育館の裏にものすごくたくさん桜が咲いているのが見えてつい足がそちらへ向いた。桜の森と言ってもいいくらいのその場所へ近づいていくと、先客がいるのが見えた。多分俺と同じ新入生であろうその女の子は、目をきらきらとさせながら桜の花びらが舞うのを見ていた。嬉しくて楽しくてたまらないといった表情のその子を見ているとついこちらの表情までゆるんでしまう。風が吹くたびにその子の髪の毛が揺れて、桜の花も散る。その光景がとてもきれいで思わず溜め息をついた。するとその女の子がこちらに気づいた気配がしたので、あわてて顔をそむけて桜を見ているふりをした。俺が見ていたのを気づかれてしまっただろうか。顔に熱が集まるのを感じた。
 その後すぐに先生に注意されてその子と俺はあわてて体育館へ戻ったが、席に着いてもまだ顔が赤いのはひいていなかったようで勘右衛門に何かあったのかと質問攻めにあった。質問を上の空で返しながら、これが一目惚れというものなのだろうかと考えていた。
 後に知ったのだが、その女の子の名前は名字名前さんというらしい。



放課後の静かな廊下で、久々知くんと黙ったまま見つめ合う。顔がじんわりと熱くなって心臓がうるさい。
入学式の日に一目惚れをしてから、久々知くんと喋ったことはまだ一度もない。こんなにじっと見て変な奴だと思われたかもしれない。内心パニックに陥っていると久々知くんがゆっくりと口を開いた。

「あの…名字さんだよね?」
「うん…!そうです!!」
「名字さん、入学式の日に、桜見てた?」
「うん、すごいたくさん咲いてたから、ひきよせられちゃった…あのとき久々知くんも、桜見てたよね?」

覚えていてくれた。そのことだけでも嬉しいのに、彼女は俺の名前まで知っていた。顔が少し赤くなるのを感じたが極力表情には出さないようにした。

「うん。見てたよ。桜、すごいきれいだったよな」
「うん!本当にきれいだった!」

すごい、私、久々知くんと会話できてる。さっきから一言目にはうんとしか言えてないけど。舞い上がってしまわないように気をつけながら喋っていたけれど、何せほぼ初対面のようなものだ。桜の話が終わると私も久々知くんも話の接ぎ穂がなくなり、黙ってしまった。せっかく今まで目で追うことしかできなかった久々知くんと仲良くなれるかもしれないチャンスなのに。

「…そういえば名字さん、さっきあわてて教室から出てきたけど何かあった?」
「あっ、そうなの、同じクラスの鉢屋くんがからかうから…」
「三郎が?」

今まで話しかけるきっかけが全くわからず、ただ目で追うだけだった彼女に近づけるチャンスだ。会話が続かなくなって焦った俺はさっきから思っていたことを素直にぶつけてみた。すると彼女の口から出たのは意外な奴の名前だった。三郎の奴、今まで俺が名字さんのこと話しても大した反応しなかったのに、からかったりするくらい仲が良かったのか。あの野郎。

「久々知くんも教室から急いで出てきたけど、どうしたの?」
「俺も似たような感じかな…友達にからかわれてさ」
「そうなんだ…」

そこでまた沈黙が訪れる。私のアホめ。どうしてもっと気の利いた言葉が出てこないの。…そうだ、久々知くんに視線の主のことを話してみようか。でも自意識過剰な奴だと思われたらどうしよう。でも今私が思いつく話題といったらこれしかない。そう考えた私は意を決して口を開いた。

「「実は…」」

沈黙に耐えられず変な奴だと思われること覚悟で、最近いちばん気になっていることを名字さんに話そうと口を開いたが、それとまったく同時に名字さんも実は…と話し始めようとしたことが妙に面白く、俺たちはしばらくまた見つめ合ってどちらともなく笑い出した。

「…笑ってごめん。名字さんからどうぞ」
「…こ、こっちこそごめん…久々知くんからどうぞ」
「いや、名字さんからでいいよ。…もし良かったら一緒に帰りながら話さない?」
「………うん!」


ひとしきり笑ったあと私と久々知くんは並んで歩き出した。控えめに笑いながら話す久々知くんの横顔を見て、そんなことは絶対にないんだろうけど、私が探していた視線の主はこの人だといいなあ、なんて思ってしまった。









みどりーぬさんへこの話を贈ります。遅くなってしまってごめんなさい!勝手に現代モノにしちゃった…。もしよろしければ受け取ってください!!

ヨル  2010.8.31