茜色の夕日が差し込む中、私は友人の部屋のベッドに腰かけていた。一人で。
仲のいい友人と一緒に下校中、なんとなく話の流れで遊びにおいでよ!みたいな感じになり嬉々として遊びにきたのはいいのだが、学校に忘れ物をしたことに気がついた友人は部屋に入るなり私をお留守番に任命して走り去っていってしまったのだ。いいと思う。その大雑把な感じ。でもお茶くらい置いていってほしかったな。よそ様の家に一人でいると妙な居心地の悪さと奇妙な高揚感があって落ち着かない。私はゆっくりとベッドに倒れ込んで足をばたばたとさせながら天井を見つめた。

「知らない天井だ…」

下らないことをつぶやきながら足をばたばたさせているといきなり部屋の扉が開いた。てっきり友人が帰ってきたのかと思い、おかえり〜と気の抜けた声を出したが返事が無い。どうした事かと上体を起こすとそこにいたのは見知らぬかっこいい男の人であった。まずい、パンツ見えたかも。石のように硬直している私に向かってその男の人はにっこりと微笑んだ。

「こんにちは。いつも妹がお世話になってます」
「あっ、ああ、お兄さんでしたか!えっへへ、いやぁ、どうもこちらこそお世話になってます」

よその家なのにベッドでごろごろしていた姿を見られたことと、もしかしたらパンツを見られたかもしれないという負い目から妙に卑屈な感じになってしまった私を気にする事なく、友人のお兄さんだというその人は素敵な笑顔を浮かべている。もしかしたら見えなかったのだろうか。良かった。

「あれ?今ひとりなの?」
「あっ、はい」
「じゃあお茶でも淹れてあげるから下においでよ」
「ありがとうございます!」

なんて優しい人なんだろう。お兄様と呼ぶことにしよう。心の中で。私の先をすたすたと歩くその背中に熱い視線を送っていると、急にお兄様が振り返った。

「パンツ…今度からは気をつけた方がいいよ?」
「あっ…はい、ホント、お目汚しすみませんでした…」

やっぱり見えてたのか。実は見えてなかったのかと一瞬期待させてから突き落とすこのテクニック、おそろしい。何だか実は怖い人なんじゃないだろうか。優しいお兄様から一転、なんか怖いお兄さんにランクダウンしたその人とお互い簡単な自己紹介をしながらリビングへ向かった。お兄さんは雷蔵さん、と言うらしい。初めに不破さんと名字で呼んだ私にまたもや素敵な笑顔で雷蔵さんと呼ぶことを義務づけて雷蔵さんはキッチンへ歩いて行った。さっきから何がこわいのか具体的にわからなかったが今わかった。あれだ、にこにこしてるけど目が笑ってないんだあの人。せっかくお茶まで淹れてくれようとしているのに申し訳ないけれど、お茶が出てきたら一気飲みして早く部屋に戻ろう。それかもう帰ろう…。私は雷蔵さんが持ってきてくれたお茶の入ったマグカップをつかむと、一気にぐいっとあおろうとした。ところが雷蔵さんがあまりにもこちらを凝視しているので動揺してぼへぇっとむせてしまった。あ、しかもこれ、ブラックコーヒーだ…

「あはは、名前ちゃん大丈夫?今砂糖とミルク持ってこようとしてたのに」
「だいじょうぶです…まさかコーヒーだと思ってなかっただけなので」
「だよね。ごめんね、ココアとかの方が良かったかな…?」

申し訳なさそうな顔でそう言いながら雷蔵さんは私のコーヒーに有り得ない量のお砂糖を入れてくれた。もはやこれは飲み物ではない、地獄の汁だ。にこにこと邪気のないように見える笑顔に気圧された私が、涙目になりながらのどが焼けるほど甘いコーヒーを飲み干したちょうどその時、玄関から友人のただいまーという声が聞こえた。私はこれ幸いと立ち上がり、ごちそうさまでしたと言いつつその場から足早に立ち去ろうとしたが、雷蔵さんに腕をつかまれて阻まれてしまった。雷蔵さんはそのまま私を壁ぎわまで追いやると、私の目に浮かんでいた涙を指で掬いとった。

「何だかあんまり話せなかったねぇ」
「そ、そうですね…へへ…」
「また遊びに来てね」
「…いや…まぁその…」
「来るよね?」
「…はい………」
「良かった。今度はもっといっぱい喋ろうね。僕名前ちゃんのこと気に入っちゃった」

にこにこ。今や恐怖しか感じ得ないその笑顔。そこに少し違う意味での動悸も感じつつ私はその場から逃げた。走って逃げた。まだ玄関でもたもたしていた友人よりも早く部屋に戻ってベッドに倒れふした。あとから来て真っ赤な顔をした私の様子を不審がる友人に、「あんたのお兄ちゃんは天使の顔をした悪魔や…」と意味不明なことをつぶやいて私はクッションを抱きしめた。












7777でリクエストを下さった東風様に贈ります。東風様お待たせしました!リクエスト第二弾、これが私の中での雷蔵様です。お調子者の主人公に制裁を加え続ける雷蔵というパターンも考えましたが今回はこちらにしてみました。ですが、雷蔵に妹がいるというおそろしいまでのねつ造をしてしまった事を許していただけると嬉しいです…。では、リクエストありがとうございました!

2010.11.15 ヨル