ガタゴトと音を立ててゆっくり走っていく電車の中から、光る海を見ていた。こんなに寒いのに、まだサーファーがいる事に驚いて、それから視線を空へやると、ウミネコが三羽、風に吹かれて遊んでいた。待ち合わせの時間の五分前にはつく計算。それでも早く早くとはやる気持ちを持て余して、自分の手のひらの熱でぬるくなった手すりをぎゅうと握りしめた。
 まもなく停車致します。やっと次の駅につくアナウンスが流れて、電車の扉が開くのと同時に外へ飛び出した。ぴうと吹いてくる冷たい風に目を細め待ち合わせ場所まで一目散に走っていくと、そこにはもう勘ちゃんが立っていた。鼻の頭を赤くして、コートのポケットに両手を突っ込んでぼんやりと空を見上げていた勘ちゃんは、私が走ってくるのに気がつくとにんまりと笑った。

「名前、走ると危ないよ。明けましておめでとー」
「大丈夫!明けましておめでとう!」
「今年もよろしくね」
「うん…!よろしく!」

勘ちゃんはにこにこしながら、走ったせいで息の荒い私の頭をなでてくれた。あ、私、勘ちゃんのこの顔すごい好きだな。つられて私もにっと笑って勘ちゃんを見上げて、しばらく二人でにまにまと笑い合っていた。

「…うん。じゃーぼちぼち行こっか」

 一つ咳払いをした勘ちゃんに促され、二人で並んで駅から続く商店街を歩き始めた。今は年始ということもあって、海のそばの観光地であるこの場所もいつもより更に賑わっている。私たちはこの場所からほど近いところにある学校に通う同級生で、更に言えばついこの間から付き合い始めたばかりで、まあ、つまり、今日が初めてのデートだ。今日もしかしたら、手なんか繋いじゃったりしてね!いや、むしろ、今繋ぎたい。すぐに。よこしまな気持ちで勘ちゃんの左手をそっと盗み見ると、すぐに視線に気がついた勘ちゃんは、どうしたの?と言いたげな目をして首を傾げた。うーん。何か、勘ちゃん、余裕な感じだ。照れて色々考えてるのは私だけだというのか。悔しいのでなんでもないですよーといった感じでぷいっと目をそらすと、隣からふはっと笑う声がして、冷えていた右手が暖かくなった。ちらりと視線を走らせると案の定勘ちゃんの左手と繋がっている自分の右手が見えて、口元がついほころぶ。何なんだろうこの人は。超能力者?私の心を読むのに長けすぎじゃないか。

「…勘ちゃーん」
「んー?」
「何か私たちカッポーみたいだね?」
「みたいじゃなくてカッポーなんだよ俺たち」
「…そっかぁ」

どうしても上がってしまう口角を左手で隠し、じわじわと心を満たす幸せな気持ちを噛み締めた。一人でメサイアの「ハレルヤ」の部分だけを絶唱したいような気分。出来ないけど。
 手を繋いだままだらだらと人の流れに沿って歩き、目的地だった神社の入り口に立った私たちは二人してその場で呆然と立ち尽くした。どこまで行っても人、人、人。噂には聞いていたがまさかこれほどとは。

「うわー…すごいなあ。名前、ちょっと奇声を上げながらあの中に突っ込んで行ってみてよ」
「えっ、や、やだよ!!」
「だよねえ…まったく、皆新年早々何しに来てるのやら」

すっかり自分達のことを棚に上げつつ、冗談とも本気ともとれぬ事を言う勘ちゃんの横顔をじっと見つめる。はーかっこいい…じゃなくて、どうしよう。こんな人の海の中に入って行きたくないし。馬鹿な事とは承知しつつも、今ここにいる人たちが全員パッと消えたら爽快だなあなんて思う。自己中心的だと笑うことなかれ。いつだって恋人達にとって、世界の中心は自分達なのだ。
 さっきから何かを考えていた勘ちゃんは、そうだ!と何かをひらめいたらしく、嬉しそうに私を見た。

「もうさぁ、面倒だからここからお願いごとしちゃおっか?」
「ここからー?まだ神社の中にすら入ってないけど平気かな」
「平気平気!どこからお願いしたって神様は見逃さないって!」
「そう…かなあ。そうだね!」
「そしたらこの後はさ、ちょっと早いけどご飯食べに行こう」
「行く!!」

悪巧みをしているような顔でささやき合い、私たちはその場で神社の本殿に向かって手をパンパンとたたき、お辞儀をした。場所もこんな所だし、作法もめちゃくちゃだし、周りの人はすごい怪訝そうな顔で見てるし。何だか全部が面白くって、こみあげてくる笑いを抑えながら私たちは神社に背を向けた。人のまばらな大通りに出て伸びをしながら歩いていると、急に勘ちゃんが私の肩をぐっと抱き寄せて、顔を近づけてきた。こ、こんなに明るいうちからなんて積極的な。思わず目を閉じて体に力を入れていると、耳元で勘ちゃんの低い笑い声がした。

「…名前は何お願いしたの?」
「………内緒」
「えー、なんでよー。ケチー」
「ケチだもん。勘ちゃんは何お願いした?」
「俺も内緒!」
「ケチ!」

少し意地悪く笑って私から離れた勘ちゃんに、体当たりをするような勢いで近づいて腕を組むと、勘ちゃんは珍しく顔を赤らめて、今あんまこっち見ないで、と言いながら私の目を手のひらで覆った。大きくて温かいその手に自分の手を添えながら、私と勘ちゃんのお願いごとが同じだったらいいなあ、なんて思った。














槿さんに贈ります!むくげさん、大変お待たせしてしまってごめんなさい!私がもたもたしている間にむくげさんの中の勘ちゃんウェーブが去ってしまったのではないかと心配です…。そして尾浜くんと冬に初デートという素敵なリクエストにきちんとお答えできたでしょうか。当初の予定よりも勘ちゃんが腹黒い感じになってしまったのは完全に私の好みですが受け取って頂けたら嬉しいです。リクエストありがとうございました!

2010.10.28 ヨル