ここ二週間ほどの兵助はかつてないほど頑張っていた。面白半分の鉢屋に後押しされたせいもあるが、もう何ヶ月も見ているだけだったあの子に友達になろうと言うことが出来たのだ。きっかけは分からないがとにかくある時から兵助はひとつ年下のあの子のことをずっと見ていた。ある時俺は兵助に、「あの子のこと、好きなの?」と聞いてみた。兵助はあの子を見ながら小さい声で「うん」と答えた。「話しかけないの?」と言うと更に小さな声で「…まだ無理」と言ったので、俺はのんびり見守ろうと思っていた。ところがある日兵助は満面の笑みで部屋に帰ってきて、「勘右衛門、俺、あの子に、名字に、友達になって下さいって言えた。贈り物も渡した。」と興奮気味に話したのだ。鉢屋にアドバイスをしてもらったと聞いて、そういえば少し前に鉢屋が兵助の様子が最近おかしくないかと聞きに来たことを思い出した。その日の兵助はとにかく嬉しそうにしていたので、よっぽどうまくいったんだなと思っていたのだが、後日その現場を覗き見していた鉢屋が笑いをこらえながら一部始終を俺や雷蔵、八左ヱ門に話して聞かせたので兵助の恋はあの子に思いも告げられずに終わってしまったのかと心配した。ちなみにその時鉢屋は覗き見なんて悪趣味な、と雷蔵に殴られていた。
ところが兵助があの子…名字に友達になろうと一方的に宣言してから、名字も兵助のことをじっと見ているようになったのだ。あの子が兵助を見る視線は、兵助があの子を見るような熱っぽいものではなかったが、兵助は一体どんな人間なのかというような、観察をするような好奇心に満ちた視線だったのでこれは望みが全くない訳ではなさそうだと成り行きを楽しんでいた。兵助は毎日部屋に帰ってきては「一緒に食事をした」とか「実習、頑張って下さいって言ってくれたんだ」などと目をきらきらさせて報告してきて、まるで俺が兵助の保護者になったような気分だった。
そしてその後あの子と兵助の距離が一気に近づく出来事があり、兵助は毎日夢心地といった感じだったのだが、鉢屋とあの子の距離もなんだかんだで近づいたらしく、兵助の機嫌は一気に最悪になった。鉢屋を無言の圧力でじりじりと追いつめる兵助はなかなかの迫力であった。そして兵助は八つ当たりをしたくないと言ってあの子に会わないようにしていたのだが、ある夜眠れないと言って散歩に行って帰って来た兵助は部屋に入るなり畳に崩れ落ち、「あの子に会って…八つ当たりしてしまった……」とつぶやいた。が、俺が慰めようと兵助の肩に手を置こうとした瞬間に顔をばっと上げ、「…でも、今度の休日に一緒に町に行く約束をした」と瞳を輝かせた。兵助は既に敷いてあった布団に抱きついてごろごろ部屋中を転がり、「どうしよう勘右衛門、幸せ死にしそう」と言って懐からあの子に貸していたという手ぬぐいを取り出し匂いを嗅いだりしていた。よく頑張った兵助。でも、手ぬぐいの匂い嗅ぐのはやめた方がいいと思う。変態っぽいから。


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