この間は鉢屋先輩に色々からかわれたりおやつを取られたりしたせいで目的を果たせなかったけれども、今日こそはいい加減に久々知先輩に手ぬぐいをお返ししなければ。そう心に決めて懐に手ぬぐいをしまい、食事のたびに先輩を探していたのだが先輩はちっとも見当たらなかった。今までは食堂での遭遇率が高かったんだけどな。そうして先輩に会えないまま夕方になってしまった。ここ数日これの繰り返しである。また実習に行っているのかもしれない。気持ちを切り替えて、友達と図書室で授業の為の調べものをしてから一緒に夕飯を食べてお風呂に入り、寝る準備をしてから布団に入った。が、いくら時間が経ってもちっとも眠れない。今日は座学だけだったから体力が有り余ってるのかもしれない。このまま眠れないと明日の授業に支障をきたしてしまう。どうしよう。悩んだ末に私は夜の散歩に出ることにした。もう結構遅い時間だしということで夜着のままで部屋の外へ出た。月に雲がかかってぼんやり光っていてきれいな夜だった。いつもは賑やかな学園が全然知らない場所みたいに見えるのが面白くてずんずん歩いていくといつの間にか裏庭の方まで来ていた。すると池のそばに何やら白い影がぼんやりと見える。まさか幽霊?いや、まさかそんな…と離れた所から様子をうかがっていると白い影が動き出した。忍たま長屋の方へ向かっていく。そのとき雲が動いて一瞬だけ月の光があたりを明るく照らすと、長い黒髪が揺れるのがはっきり見えた。

「久々知先輩ですか…?」

ぽそっと呟くと白い影がぴたっと止まり、こちらを向くとひらひらと手招きをしている。おそるおそる近づいていくとやっぱり久々知先輩であった。久しぶりに会った先輩はどことなく不機嫌そうな顔をして私を見ていた。

「く、久々知先輩お久しぶりです」
「うん、久しぶり」
「あの、この間は本当にありがとうございました。あと、手ぬぐいなかなか返せなくてすみませんでした」

私はいつもの習慣で懐に入れていた手ぬぐいをやっと先輩に返した。手ぬぐいを受け取った先輩は池を見つめたまま黙っている。早く返さなかったから怒ってしまったのだろうか。もしかして図々しいとかだらしないとか思われた?ど、どうしよう。内心激しく焦っていると先輩が池を見つめたまま口を開いた。

「…三郎が」
「は、鉢屋先輩ですか?」
「名字に団子をもらったって」
「あ、はい、あげました」
「それで一緒に食べたって言ってた」
「…はい。私の分まで取られました」
「……何で三郎だけ……」
「えっ?」
「俺が先に名字と友達になったのに、三郎ばっかりずるいと思う」
「…………へ?」

そういえば久々知先輩に買った分のお団子は傷んでしまうからと私が食べてしまったのだった。つまり先輩は自分だけお団子が食べられなかったことを怒っているのだろうか…?

「ま、また今度町に行ったら、久々知先輩の分のおやつを買ってきます!そうしたら、あの、い、一緒に食べませんか?」

我ながら良い案だと思いながら先輩の方を見ると先輩はぶすっとしたまま 「それはイヤだ」 と答えた。今のたった一言で私の心はものすごく傷ついた気がする…。あ、これはしばらく立ち直れそうにないな…とりあえず今日は帰った方が良さそうだと思い先輩に挨拶をして帰ろうとすると久々知先輩は私の手をつかんで爆弾発言をした。

「…いや、あの、ごめん。良かったら今度の休日に一緒に町に行かないか?」
「はい!行きます!」

これは即答するしかないと思う。傷ついた私の心は一瞬で再生した。だって、ふ、二人っきりで町だなんて。

「お団子でも大福でもごちそうします!」
「年下の女の子にそんなことしてもらえないだろ。俺がごちそうするよ」

先輩は苦笑しながらそう言った。そして次の休日の約束をしてから先輩は私を長屋の近くまで送ってくれた。

「先輩、おやすみなさい!」
「おやすみ、名字」

自分の長屋の方へ帰っていく先輩の後ろ姿を見ながら私の心は浮かれに浮かれていた。これは期待してもいいのでしょうか…!


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