近頃同級生の兵助の様子がおかしい。まあ前からおかしいと言えばおかしかったがいつもとはまた違うおかしさなのである。「最近兵助の奴おかしくないか?」と雷蔵と八左ヱ門に聞いてみたが二人とも首をかしげていた。あの二人に聞いたのが間違いだったかもしれない。あいつら、大雑把だし。そう思い兵助と同じ組の勘右衛門に同じ質問をしてみた。するとしばらく考えてから勘右衛門は「多分だけど…好きな子でもできたんじゃない?」と言い、にやっと笑った。まさか。だがこれは面白いことになったとしばらく兵助を観察してみると確かにあいつはいつも一人のくのたまのことをじいっと見ていた。観察を始めてからひと月経ってもふた月経ってもただひたすらじいっと見ている。見ているだけで話しかけようとしない兵助にしびれを切らした私はある日、何故あの子に話しかけないのか聞いてみることにした。

「おい兵助」
「何だ三郎今忙しいからまた後で」
「また名字のこと見てるんだろ」

そう言った途端に兵助はすごい勢いでこちらを向いて詰め寄ってきた。

「何で俺があの子を見てることを知ってるんだそして何であの子の名前を知ってるんだ」
「や、やめろ近づくな。そりゃあお前あれだけじっと見ていたら誰でも気付くだろう。名前なんかちょっと調べりゃすぐ分かる」
「そうなのか。でも三郎、あんまりあの子の名前を呼ぶなよ減るから」
「何が減るんだ…名前なんか減るもんじゃないだろう。ところで兵助、やっぱりお前あの子のことが好きなのか?」
「もちろんだ。あの子は、かわいい。すごくかわいい」

即答する兵助に呆れながらも私はようやく本題を切り出した。

「じゃあ何故あの子に話しかけないんだ?」
「…だって恥ずかしいじゃないか」

兵助がそんなに純情だったとは新発見だ。

「だけど話しかけなければ何も始まらないじゃないか」
「何て話しかければいいかわからないしあの子がこちらを見た想像をしただけで緊張してくる」
「…仕方ない。ここはこの鉢屋三郎がお前の友人として一肌脱いでやろう」

この時の気持ちとしては兵助を応援する気持ちが六割、事の成り行きを面白がる気持ちが四割であった。

「まずそうだな。裏庭かどこかに呼び出して友達になってくださいと言えばいいじゃないか」
「話しかけられないのにどうやって呼び出すんだ?」
「手紙でも渡せばいいんじゃないか?第一印象は大切だからな。何かインパクトのある手紙がいいかもしれない」
「なるほど」
「そしてだな、女の子は贈り物に弱いらしい。」
「つまり…インパクトのある手紙で呼び出し、贈り物をして、友達になってほしいと言えばいいのか?」
「そういうことだな。最初に自己紹介をするのを忘れるなよ」

兵助はぶつぶつと手順を確認してから「よし」とうなずいた。

「ありがとう三郎。」
「やけに素直じゃないか」
「どうしていいのか全くわからなかったから正直助かった。じゃあ早速行ってくる」

走っていく兵助の後ろ姿を見ながら私はにやりと笑った。これからあいつを尾行して一部始終を覗き見してやろうと思いついたのだ。  しかしそのあとの兵助の行動は全てにおいて私の予想の斜め上をいくものであった。まずあいつは矢文であの子を呼び出したのだ。矢文って。確かにインパクトはあるが怖がらせたらダメだろう。果たし状だと思われたらどうするんだ。案の定名字はびくびくしながら裏庭へやってきた。そして緊張しすぎて目を見開いたまま棒立ち状態になっている兵助を怖がりながらも「何かご用でしょうか」と小さな声で聞いた。健気な子だなあ。よし兵助。ここで贈り物を渡すんだ。いやその前に矢文で呼び出した事を謝れ。それから自己紹介だ。 私は笑いをこらえながら頭の中で勝手な事を考えていたが、兵助はちっとも動こうとしない。お前早く何か言わないとただの変質者だぞ。しばらくしてこの緊張感に耐えきれなくなったらしい名字が帰ろうとすると兵助はいきなり名字の腕をつかみ、自己紹介など諸々のことを色々すっ飛ばしていきなり「友達から始めよう」などと言って小包を押しつけ、ものすごい勢いで走り去っていった。まずい。吹き出しそうだ。名字はというと、ようやく変な奴から解放されて気が抜けたのか地面に座り込んでいたが、おもむろに兵助が押しつけた小包をあけた。すかさず中身を確認した私はずっとこらえていたのにも関わらず吹き出してしまった。そして呼吸困難になるほど笑った。もちろん声は殺していたが。なぜ贈り物に豆腐を選んだんだ。もう完全に嫌がらせだろうこれは。しかし私はここで目を疑う光景を見た。しばらくぼおっと豆腐を見つめていた名字が、いきなり豆腐を食べたのだ。そして食べ終わった後、「おいしかった」と呟いてから名字は去っていった。えええええ。案外お似合いなんじゃないのかあいつら。


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