つらい。すごくつらい。何がと言うと、この状況が。この、先程からまばたきもロクにせずこちらを見つめている、久々知兵助と二人きりという状況。何故こんな事になったか。

午前中の授業が終わり、午後は自習ということだったので自室で優雅に昼寝でもかましたろうかと軽快なステップで歩いていた私の目の前をかすめて廊下の壁に突き刺さったのは矢文であった。危ない。すごく危ない。もしも私に刺さっていたら矢ガモならぬ矢くのたま…混乱しながらもそんな下らないことを思いつつ矢を引き抜き、文を開いた。するとそこにはごく簡潔に、正午過ぎに裏庭で待つ。久々知兵助 とあった。久々知兵助といえば私よりもひとつ年上の忍たまだ。一体何の用だろう。とにかくそんなに面識がないとはいえ先輩を待たせてはいけないと思い、急いで裏庭へと走っていくと藍色の後ろ姿が見えた。私が声をかけようと息を吸うと、私が来たのを気配で察知したらしい久々知先輩がものすごい早さで振り向いた。

「ヒィッ!」

思わず悲鳴を上げてしまったが久々知先輩は特に気にした様子もなくずんずんと私に近づいてくる。こわい。

「な…何かご用でしょうか…」

と小さく聞くと、久々知先輩は普段から大きい目をさらにグッと見開いて私を見つめてきた。そして冒頭へ戻る。先輩はただ目を見開き私を見つめているばかりである。一体何なのか。とにかく私は早くこの場を切り上げてお昼を食べたい。そして昼寝をしたい。もう一度何の用で私を呼び出したのかを聞こうと決意して先輩の顔を見ると、かすかに口を動かしていることに気がついた。そしてよ〜く耳をすまして聞いてみると久々知先輩はぶつぶつと「…大丈夫…大丈夫だ…」と言っているのだった。何これこわい。いい加減耐えきれなくなり、「ご、ご用がないのであれば失礼します」と後ずさりをし始めた私の腕を慌てたようにつかんだ久々知先輩は「友人。そう。そこからまず始めてくれないか」と呟いた。そして呆然としている私に小包を押しつけ、「お近づきの印だ。これからよろしくな名字」と言ってからものすごい速さで走り去っていった。50mほど走ったところで一度こちらを振り返り小さく手を振ってから完全に私の視界から消えた。後に残された私は気が抜けてしばらく地面にへたりこんでいたが、ふと渡された小包のことを思い出し開いてみると、中には一丁の豆腐が入っていた。すっかり空腹になっていた私はその場で豆腐をぺろっと食べた。おいしかった。しかし豆腐を食べながらも私の頭の中を占めていたのはこれから始まるであろう久々知先輩との友だち付き合いのことであった。



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