鉢屋先輩たちが逃げていったあとも、久々知先輩はわなわなとしている。怒っているのかと思いきや先輩は急にくっくっと笑い始めた。

「…名字、見た?あいつらの逃げるときの顔」
「ばっちり見ました」
「すごいあわててたよな」
「…髪の毛がもさもさしてる先輩は転びそうになってました」
「ああ、それは八左ヱ門だ。竹谷八左ヱ門」
「面白かったですね」
「うん。実はすごい面白かった」

顔を見合わせて笑いながらさっきのお店に戻り、買ったまま食べそびれたお団子たちを包んでもらった。ついでにお土産を買っていると久々知先輩が不思議そうにこちらを見た。

「そんなに沢山食べられるのか?」
「あ、これは鉢屋先輩たちにお土産です」
「いいよ、三郎には俺の食べかけで」
「でも大福買って来てって…」
「名字は三郎のこと、好きなのか?」
「へっ!?えっ、な、何でですか?」
「だって仲いいし…」

ふてくされたように口をとがらせてうつむく先輩はすごく…なんというか、かわいかった。最初はいつも無表情な先輩だと思っていたけれどこんなに色んな表情が見られるなんて、何だか嬉しい。先輩と会ってから今まで見た、先輩の色々な表情を思い出して、自分の気持ちがふわっとあふれるのがわかった。

「先輩としては好きですけど…久々知先輩が言うような、好き、ではないです」
「…そっか。」
「私は…その…あの…何と言いますか」
「ん?」
「…久々知先輩が、好き、です」
「!……うん」
「な、なんか照れますね」
「…うん」
「そろそろ、帰りましょうか」

今度は私から先輩の手を取って歩き始めた。先輩の手をぎゅっと強く握る。すると先輩はもっと強く私の手を握り返した。空が緑色と紫色になっていくつか星も見える。もうすぐ夏がきそうな空だ。先輩がふと足を止めて私をじっと見た。


「俺も名字のこと、ずっと前から好きだったよ。ものすごく」




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