私のささやかな抵抗もむなしく先輩は私の手をしっかりと握って町を歩いていく。これ以上無駄な抵抗はすまい。精神が消耗するだけだから。 そのあと久々知先輩と他の五年生の先輩方がたまに行くというお店でお昼を食べ、今は町をぶらぶらと歩いている。 すると先輩はある店の前で足を止め、じっと店内を見つめている。この店は…

「…豆腐ですか?」
「うん、豆腐、好きだから」
「や、やっぱり豆腐好きなんですね」
「やっぱり?」
「食堂で一緒に食事をしている時に、いつも豆腐が入ってるメニューを選んでいたので…」
「……うん。好きだよ。」

私の顔を見ながらそう言って先輩は再びじいいいっと店内の豆腐たちを見る。びっくりした。好きって豆腐のことか。勘違いしそうになってしまったことが恥ずかしくて、私は先輩の袖を引いて足早にお団子屋さんに向かった。先輩は不思議そうにしていたがお団子屋さんに着くと私の頭をくしゃっとなでた。

「さて。約束通り好きなだけ食べていいぞ名字」
「ほ、本当ですか」
「ん、もちろん。」

店先に座り一応遠慮しつつも色々と注文する。先輩はそんな私を見てにこにこしている。お日様がぽかぽかしているし風も気持ちいいし、私は幸せである。運ばれて来たお団子を先輩はじっと見つつ食べている。

「先輩がものをじっと見るのは癖なんですか?」
「…そうかもしれない。好きなものはついじっと見てしまう」

何故そう言った直後に私の事をじっと見るのかこの人は。勘違いしますよ。期待してしまいますよ。運ばれて来たお団子たちを食べるのも忘れて先輩の目をじっと見る。顔が熱くなる。先輩の目の中に私の目が映っているのが見える。私の目の中にも先輩の目が映っているだろうか。もう素直に気持ちを認めてしまおうか。私は久々知先輩のことが。

「せんぱ……」
「くせ者!」

私が決定的な事を口走ろうとした瞬間、先輩は急に食べていたお団子の串を近くの茂みに投げた。すると茂みの中からは鉢屋先輩や、いつも久々知先輩と一緒にいる五年生の人が飛び出して来た。

「ばれたら仕方がない!逃げるぞみんな!あと名字!大福忘れずに買ってこいよ!」
「兵助!僕は違うからね!三郎を止めようとしてついて来ただけだから!」
「頑張れよ兵助〜!」
「名字、兵助のことよろしく!」

口々に好き勝手なことを言いながら蜘蛛の子を散らすように逃げていく先輩たちを私は呆然と見送っていた。ふと横を見ると目をこれでもかというくらい見開いて、持っていたお団子の串をバキバキに折ってわなわなと震えている先輩がいた。こ、こわい。


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