午後の授業が終わり、意気揚々と食堂へ向かう道すがら。
勘右衛門と同室の「兵助」が正面から歩いてきた。この間はほぼ八つ当たりで睨みつけたりしてしまったが、
よく考えれば彼の言葉のおかげで勘右衛門に流されずに済んだのだ。
ここはひとつにこやかに挨拶でもしようと、私はずんずんとこちらへ歩いてくる彼に向かって満面の笑みを浮かべた。

「この間はどうも!」
「?…どうも…」

「兵助」はしばらくその場で小首を傾げて私が誰なのかを考えていたようだったが、
じきに思い出したらしくこちらへ近寄ってくると、何故か私の全身をしげしげと頭のてっぺんから爪先まで観察し始めた。

「何してるの…?」
「いや、勘右衛門はい組の中でも強い方なんだが、その勘右衛門にあれだけきれいに蹴りをきめられるんだから何か秘密があるのかと思って」
「あれは勘右衛門も疲れてたし、偶然じゃないかな」
「うーん…そうなのか………あ、実は男なのか?君」
「………」
「いっ…!やめろ、足を踏むな!」

真面目くさった顔で失礼極まりない事を言ってきた「兵助」の爪先を思い切りかかとの部分で踏んづけると、奴は涙を浮かべながら自分の足をさすっている。
その様子を冷ややかな視線で見ていると、「兵助」はこちらをきっと睨んだ。
そもそも名字はなんて言うんだろう。もういいや、普通に兵助って呼ぼう。

「ちょっと冗談を言っただけじゃないか」
「あぁ?眉毛むしるぞこの野郎」
「くっ…俺はこれから食堂へ行って幸せな時間を過ごすんだ。君に構ってる暇はない!」

妙な捨て台詞を残して兵助は走り去っていった。でもまあ、私もこれから食堂に行くんだけどね。アホめ。
空腹を訴え続けるお腹をなでながら食堂へ入ると、すぐに目につくところに兵助が座っていて、
目の前に置いた焼き魚定食の冷や奴付きをとろけそうな眼差しで見つめていた。わあ何だこの人すごいこわい。
何に対してあんな眼差しを向けているんだろう。魚か?おばちゃんから焼き魚定食を受け取った私はなるべく奴から離れた場所に座ろうと食堂内を見渡したが、
あいにく空いているのは兵助の目の前の席だけであった。仕方ない、早く食べて部屋に帰ろう。
観念して席に着くと奴は迷惑そうな視線を遠慮なくこちらへ投げかけてくる。

「落ち着かないからこっち見ないでくれる」
「…何故ここに座るんだ」
「他の場所があいてないからです」
「しかも冷や奴付き定食を…お前みたいな暴力くのたまに豆腐の繊細な味がわかるものか…」

ぶつぶつと呟きながら私の定食に付いている冷や奴を見つめている兵助を見てピンときた。そうか、こいつは豆腐が好きなんだきっと。
取られると嫌だから最初に食べてしまおう。そう思い豆腐に醤油をかけると、向かいから悲鳴のような声が聞こえてきた。

「ああ!いきなり醤油をかけるなんて…まずはそのままの豆腐を味わってからじゃないと本当のおいしさがわからないのに…それにその箸のいれかた…ガサツ極まりない…三口で食べきっただと!?違うだろう!もっと豆腐屋の人や大豆農家の人に感謝の気持ちを表しながら粛々と食べるものなんだ豆腐は!」
「………はいパーーーン!!」
「あああああああああ!」

堪忍袋の緒が切れた私が奴の豆腐を手刀で粉々にすると、奴は食堂中に響き渡る悲鳴を上げて私につかみかかってきた。

「貴様ぁぁ!俺の豆腐に何をする!」
「黙れ豆腐眉毛私の食事を邪魔するな」
「はい二人ともそこまでー」

お互いの胸ぐらをつかみ合う私たちの間に、どこからか現れた勘右衛門が割って入ってきた。
しかし私も奴も頭に血が上っているため勘右衛門の制止の声もろくに聞かず、馬鹿だの阿呆だのと一年生でもしないような言い合いをしながら
髪を引っ張ったり頬をつねったりしていた。勘右衛門は呆れ顔で私たちを眺めていたが、
きっと眉をつり上げて私と兵助の頭に拳固を落としてきた。

「二人とも話を聞け!」

いつもへらへらしている勘右衛門が怒った。ゲンコツした。
驚いて固まってしまった私たちの首根っこをつかんで勘右衛門は食堂にいた他の生徒とおばちゃんにごめんなさいをさせ、
私が手刀で潰した豆腐を片付け、まだ手つかずだった定食を残さず私たちに食べさせ、食堂から出た。

「あの…勘右衛門…ごめん」

おそるおそる私と兵助が謝ると、勘右衛門はいつもの笑顔でくるりと振り向き、私の頭をなでた。

「ううん。俺もゲンコツしちゃってごめんね。名前ちゃんと兵助がなかなか聞いてくれなかったからさ」
「だがな勘右衛門、そいつは俺の豆腐を木っ端微塵にしたんだぞ」
「兵助が変な事言ってくるからでしょ」

再び険悪な雰囲気になった私と兵助を引き離した勘右衛門は、何を思ったのか急に私を背後から抱きしめた。

「もー!兵助!名前ちゃんにちょっかい出すなよな!あと名前ちゃん。こいつのことは兵助じゃなくて久々知でいいから」

呆気にとられて何も言えないでいる私たちにはまるで構わず、勘右衛門は満足そうな笑顔を浮かべて私の手を取り歩き始めた。何だろう、これ。ものすごく恥ずかしい。





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