爛漫と咲き誇る桜を見に、ひとり山へ来ていた。
遠くまで淡い桜色と灰色がまざったようなかたまりがけぶっているのが見える。
きらきらと光を反射する小川沿いにずっと続いている桜並木。
桜の下にはずうっと菜の花畑が広がっていて、そこかしこから聞こえる蜜蜂の羽音と、
甘い菜の花のにおいに目を細めて、適当な所へ腰を下ろそうとすると、すでにそこには先客がいた。

「勘右衛門!」
「あー、名前ちゃんだ。やっほー」

寝ころんだまま手をひらひらと振る勘右衛門の腹の上にずしっと座ると、勘右衛門は大げさにぐえっと声を出してうめいた。

「名前ちゃん重い…」
「黙って受け止めなさいな」
「うん…まああれだね、幸せな重みだね」

にんまりと笑いながら腰にまわしてきた手を軽くつねると痛いと文句をたれながらも自分の横の地面をぽんぽんとたたいて座るように促す。
菜の花をなるべく折らないようにそっと座った途端に軽く肩をひかれて視界がくるりとまわり、空いっぱいに広がる桜の花が風で揺れた。
しばらく黙ったまま二人で桜を見ていると、視線は空に向けたまま、勘右衛門がひとり言のように言葉を紡いだ。

「ねえ名前ちゃん知ってる?」
「ん?」
「桜の下にはね、死体が埋まってるんだ」
「えっ」

思わず起き上がると勘右衛門はぷっと吹き出して、私の手をひいた。何となく薄ら寒いような気がして勘右衛門に身を寄せると、勘右衛門はこちらに体を向けた。

「嘘だよ。あんまり桜がきれいだからそういう風に言った人がいるってだけ」
「何でこんなにたくさん桜がある状況でそんな嘘を…」
「でもさ、もしおれが死んだら桜の下に埋まりたいなって思うよ」
「なんで?」
「んー…おれみたいなやつでも、養分になってきれいな桜が咲いたら嬉しいからかな」
「よ、養分」
「なんちゃって。おれ今ちょっと乙女っぽかった?」

そう言って勘右衛門は、けたけたと笑った。



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