小鳥のさえずる声で目が覚めたのどかな朝。いい気分で制服に着替え、部屋から廊下へ一歩踏み出すと足下でかさりと音がした。
そっと爪先へ視線を落とすと、そこには桃の花をたくさんつけた枝が一本落ちていた。

「かわいい…」

呟きながら桃の花を拾うと、枝には文が巻き付けられていた。…もしかして私宛だろうか。
いやでも他の人に宛てたものだったら悪いし。悩みながら桃の枝をためつすがめつしていると、文のはじっこに「名前ちゃんへ」と書いてあるのを発見して、
脳裏を先日出会った尾浜勘右衛門の顔が一瞬よぎった。多少の警戒心を働かせながらかさかさと文を開くとそこには予想通りというべきか、

「裏山に咲いていたのがきれいだったからあげます。尾浜勘右衛門」

と丸っちい字で書いてあって、思わずふふっと笑いがこぼれた。それから私は部屋へとって返し、桃の花を花瓶に生けた。
枝に巻いてあった文は少し考えてから机の引き出しにしまった。

その後お腹を鳴らしながら食堂へ入ると、入ってすぐの所で私の友人二人と尾浜勘右衛門が仲良く食卓を囲んでいるのが見えて自分の目を疑った。
友人と尾浜勘右衛門に今まで接点はなかったはずなのにこのいかにも仲良しな雰囲気はどういう事なのだろう。
状況が把握できないまま棒立ちになっていると、私に気がついた尾浜勘右衛門はぱっと嬉しそうに笑った。

「名前ちゃん!」

そして友人二人に、じゃあ俺行くね、なんて言いながら肩に手を置いたり、もう行っちゃうの?なんて、腕をつかまれたりしている。
普段は忍たまなんて馬鹿にしきって、その辺の馬糞でも見るような目しか向けない私の友人たちは完全にうっとりとした顔つきだ。
その光景に何故だか私の胸はモヤモヤとした気持ちでいっぱいになる。何だ、結局誰にでも馴れ馴れしいんじゃない。
すっかり食事をする気をなくした私は尾浜勘右衛門が来る前にと急いで食堂から出た。
どしどしとくのたまらしからぬ足音を立てて廊下をしばらく歩いて、こそっと振り向くが後ろには誰もいない。

「…ばーか」
「誰がばかなの?」
「えっ!?」

いきなり目の前に現れた尾浜勘右衛門に驚いて後ろによろけてしまった。そこですかさず私の腰を支える手際の良さが憎たらしい。
能天気そうにへらへら笑うその顔をにらみつけて腰にある手をぺしっと叩いた。

「ちょっと、気安くさわらないでくれます?馴れ馴れしい」
「いてっ!だって今転びそうだったじゃんか」
「いきなり目の前に出てくるからでしょ!」
「…なんか今日はご機嫌ななめだね?」
「普通ですー。…そういえばさ、私の友達と知り合いだったの?」
「ううん、さっき初めて喋った」
「へー…よくあんなに仲良くなれたね」
「あれはね、外堀を埋める作戦!俺そういうの得意なんだよね」
「何それ?」

尾浜勘右衛門はその質問には答えずにっこりと笑って私の手をとった。ああもう、何でだか分からないけど私はこの笑顔に弱いみたいだ。



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