実技の授業を終え、友人たちと長屋へ向かう途中、向こうの方から勘右衛門がずんずんと大股でやって来た。
途端に色めきたつ友人らに内心圧倒されつつ、私にはかすかな違和感があった。勘右衛門はあんな風に脇目もふらずに歩く奴だっただろうか。
それに、笑みを浮かべながら私や友人たちに軽い感じで挨拶してくるのが常だったのに今の勘右衛門はどちらかというと憮然とした面持ちだ。
頭の中で点滅する疑問符を持て余した私はついぽろっと「あなた誰?」と口走り、友人たちから何かおかしいものを見る目を向けられてしまった。
思った事は大体口に出してしまう性分なのだから仕方ないではないか。
当の勘右衛門はというと、腕を組んで片眉をつり上げ、まるで値踏みをするかのように私を見下ろしている。
そして少ししてから口の端を上げ、にいっといたずらっぽく笑った。

「勘右衛門が近頃入れあげているくのたまがいるというからどんなものかと見にきてみれば。趣味が変わったのか?あいつは」

そう言いながら私の額をぺしぺしと叩き、高らかに笑いながら普段の姿に戻り、意気揚々といった雰囲気で去っていったあいつは…

「鉢屋三郎…」
「うーわ、やな奴…」
「でも、変装はすごいよね…やっぱり」

悔しさのあまり握りこぶしを震わせている私の後ろでは友人が聞き捨てならないことを言っている。
今のやり取りを見てどうしてそういう感想を抱けるのか。


このまま黙っていては、やられたら三倍返しという信条をもつくのいち教室の名がすたる。
 鉢屋三郎にどうにか一泡吹かせてやろうという気持ちで頭がいっぱいになった私は、毒物や罠、人心を惑わす術などの載った本を大量に借りて図書室をあとにした。
少し借りすぎた感はあるが奴を陥れる為にはやむを得まい。すっかり心がすさんだ私があたりを睥睨しながら渡り廊下を歩いていると、
建物の裏から聞き覚えのある声がふたつ聞こえてきた。反射的に物陰に身を寄せて気配を殺し、耳を澄ます。

「からかいがいはありそうだったが、あれのどこがいいんだ?勘右衛門」
「まあ鉢屋にはわからないだろうな」
「今まで周りにいなかったタイプだから物珍しいだけじゃないのか?」
「どうかなー。ていうか鉢屋。名前ちゃんに変な事言わなかっただろうな」
「さあなー」

この腐れ外道変装野郎がああ。うっかり我を忘れて飛び出しそうになるのを必死でこらえてその場を足早に立ち去ろうとしたが、
いつもより少し低い勘右衛門の声が耳に飛び込んできて思わず足を止めた。

「…名前ちゃんてさ、無邪気なんだ。一緒にいると楽しいんだよ」
「ほお…こりゃ野暮な事聞いたな。ごちそうさま」
「いーえ。おそまつさま」

遠ざかっていく二人の気配を感じながら私は釈然としない気持ちで突っ立っていた。
何が釈然としないのかはよく分からないけれど、指に棘が刺さったときのような、
のどに小骨がつっかえたときのような。この気持ちはなんだろう?



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