気象情報をお伝えします。
今日、太平洋側では日ざしはありますが、気温の低い一日になりそうです。
空気が乾燥するのでうがい、手洗いで風邪の予防をしっかりしましょう。一方、日本海側では…

テレビを横目に外を見る。今日は雲がない。薄い青が遠くまで広がっている。
ベランダの戸をがらっと開けると、冷たい風が部屋の中にさっと入って広がった。
起こしちゃったかな。視線を向けたが、久々知さんは一度深く息をついてから、寝返りをうっただけだった。台所もカーテンもソファも白い布団も、すべて等しく冬の清潔な光に包まれている。その中に久々知さんも違和感なくおさまっているのが不思議だ。

戸を閉めてから小鍋でお湯をわかす。本当はしじみがいいらしいが今日はしじみがないから、わかめと豆腐。自分が二日酔いになった時のことを思い出しながら、手を動かす。迎え酒は問題外だろう、多分。確かスポーツドリンクぐらいしか口にできなかった気がするけれど。味噌汁が出来たにおいにつられたのか、久々知さんがゆっくりとした動きで起き上がった。頭が痛むらしく、両方のてのひらで顔を覆ってじっとしている。
しばらく見ていると、てのひらが徐々に口へ移動していったので、トイレの場所を教えた。たよりない足取りでトイレへ消えていった後ろ姿を見つつ、冷蔵庫から鮭をとりだしてグリルへのせる。夜のうちにセットしておいたご飯があと少しで炊きあがる。あとは漬け物を少し出して、朝ご飯はよしとする。

味噌汁とお水だけでいいと言う久々知さんと向き合って、いただきますと手を合わせた。
食器と箸がふれあうかすかな音と、近所から聞こえてくる布団をたたく音が食卓を支配している。道で拾った男の人との朝ご飯。ぎこちなくて、おままごとみたい。そんなことを考えながらぱりぱりと漬け物を食べていると、久々知さんが遠慮がちに口を開いた。

…あの、大変失礼ですが、俺はどうして、こちらにお邪魔しているのでしょうか。

案の定、記憶がないようだ。あれだけ酔っていて、覚えている方がおかしいと思っていた。まだ具合が悪いだろうに、精一杯、言葉を選んでいる。私に気を遣っている。昨日の夜、あなたが道で倒れていたのを、連れて帰ってきたんです。答えると、さっと顔を青ざめさせる。箸をそろえてうつわの上に置き、握りこぶしを膝にのせた。

何か、失礼なことは、しませんでしたか。ことの次第によっては、責任をとらせてください。
…ことの次第といいますと。
その、何と言いますか、あなたとの間に、あ、あやまちというか。
あやまち。

何やら重大な響きをもったその言葉に驚き、飲んでいた水が気管に入り、むせる。
みっともなく咳きこみながら、笑いが止まらない。あやまちに責任。なんと古式ゆかしい。涙でにじむ視界の隅に、それでも姿勢を崩さない久々知さんの姿が目に入り、どうにか咳をおさめた。

何もありませんでしたよ。大丈夫。

笑いをのみこんで、真面目な顔をして答える。
昔から、真面目な場面で笑ってしまう子供だった。幾度と重ねた失敗で、取り繕うことを覚えた。じっと私の顔を見ていた久々知さんは、しばらくしてから肩の力を抜いた。肩の力を抜いて、眉を下げて笑った。張りつめていた気が抜けたのだろう。


久々知さんが帰った後、パジャマとして貸していた服を洗濯機に入れた。
こんなにお世話になってしまって、せめて洗って返します。そう言って譲らなかった。
元々ほとんど着ていなかったし、気にしないでくださいと何度も言って、やっと納得した。
食器を片付けてから時計を見ると、まだ十一時。
せっかく天気のいい休日だから、なにか大物を洗いたい。
布団のシーツをはがして放り込み、セットしてから読みかけの本を開いた。部屋の中にひんやりとしたしゃぼんのにおいが広がり、ごうんごうんと洗濯機がまわりだす。

本の前に布団を干そうとベランダの戸を開けると、細長い飛行機雲が空を横切っていく。
つめていた息をふうと吐く。私も少し、緊張していたようだった。




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