男の人を拾った。
血の気のない、まっしろな顔で倒れていた。
うつぶせに倒れている男の人に近寄ってみると、どうやら眠っているだけのようだった。
しばらく迷って、家に連れて帰ることにした。混乱していたのだと思う。

慎重に腕をとって起こそうとすると、ゆるやかに拒否して体を起こし、膝を抱えた。
もう一度、今度は少し強めに腕をつかんでひっぱると、静かに立ち上がって私のあとをついてきた。何か話してみようかと思ったけれど、特に話したいことがないので黙っていた。男の人も黙っている。いつの間にかいなくならないように、手を繋ぐ。冷たくてかさかさした手のひらだった。空を見ると、冬の星座の強い光がゆらめいている。もう少しで満ちる月が、今日はやけに大きく明るく感じる。私と男の人の影が細く長くのびてゆく。遠くを走る電車は車両基地に戻る途中だろうか。急に吹いた冷たい風に身をすくめ、繋いだ手に力をこめてみたが、手は握り返されなかった。

家につき、玄関をくぐったとたんに、男の人はしゃがみこんだ。
やっぱり具合が悪いのだろうか。手のひらで熱を確かめると何のことはない、また眠っただけだった。灯りをつけて、ヒーターのスイッチを入れて、コートを脱いで。
私が動き回っている間じゅう、男の人は玄関の中でしゃがんだまま眠っていた。
引きずるようにしてソファへ連れて行くと、膝を抱えて座り、うとうとしている。

お腹はすいてますか。
聞くと、目をつむったまま横に首を振ったので、少し放っておくことにして、お風呂に入った。熱を確かめた時に、アルコールのにおいがしていた。酔っているのだろう。
お風呂から上がると、男の人はさっきの姿勢のままで眠っていた。

タンスをあさり、男の人でも着られそうな服を探し出して着替えるよう勧める。
案の定、起きない。肩をつかんで強めに揺するとうっすら目を開けたので、もう一度着替えを勧める。ようやくゆらりと立ち上がり焦点の定まらない黒目をうろうろさせて、促されるままにおとなしく隣の部屋へ入っていった。
後ろ姿を見送り、小鍋に牛乳をいれて火にかけた。ここ何週間、気が向いた時だけの習慣だった。沸騰させないように気をつけながらティーバッグを入れ、色が出たところでシナモンシュガーも入れる。マグカップを持ったままソファに座り、テレビをつけると明日の天気予報がやっていた。深夜の天気予報はどこか優しい。どうやら明日も寒くなるらしい。男の人の寝るところをつくらなければいけない。客用の布団はしばらく干していないけれど、がまんしてもらおう。ソファの背もたれを倒してベッドにする。私が寝床をつくっている後ろで、着替え終わったらしい男の人はふらついている。
とりあえず今夜はここで寝てください。そう言うと、小さくはいと答えた。

男の人が布団にもぐりこんだのを確認して、灯りを消す。暗くなると、急に冷蔵庫がにぎやかになる。朝ご飯は何にしよう。何か適当なものがあっただろうか。選択肢は限られているのに、布団の中での考え事はまとまらない。
真っ暗な部屋の中、天井を見た。どうにも眠れず寝返りをうつ。そういえば、名前を名乗っていなかった。ソファの方へ体を向けて、私は名字名前です、と呟いた。
もう眠ってしまったのだろうか、と考え始めるくらいの時間がたってから、久々知兵助です、と返ってきた。

久々知兵助さん。
口にして確かめて、目を閉じた。
ひときわ大きなジジッという音を立てて、冷蔵庫が静かになった。





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