たたきつけるような雨の中、ナマエの書き置きに記してあった住所であるヒウンシティ、セントラルエリアのほど近くにあるマンションへわたくしどもが到着した時にはすでに全てが終わっておりました。いえ、終わりかけていたと言った方がより正確でしょう。わたくしとクダリはひとつの恋の終わりを目撃したのです。ひとつの、そしてナマエにとっては53回目の恋の終わりでした。…わたくしが知る限りではですが。

人の色恋沙汰についてあれこれと語る趣味は持ち合わせておりませんので出来る限り簡潔に述べていこうと思いますが、端的に申し上げますと今回の件はナマエの男運のなさが招いたことであったようです。彼女はあの日お付き合いをしていた方を驚かせようと、以前プレゼントされたという合鍵を持ってこのマンションを訪ねたのです。ナマエのお相手であったビジネスマン、コウイチ様は、一度に何人もの女性と付き合えるというたいへん器用な方でございました。後学のために教えていただいたのですが、曜日ごとに付き合う女性を変えていたそうです。ちなみにナマエは水曜日担当であったということで、そんな彼女が金曜日に訪ねてきたのですから、金曜日担当の方と部屋のロフトでくつろいでいた彼は非常に驚きました。近づいてくるナマエの足音、これはどういうことなのかと迫り来る金曜日担当の女性。慌てふためいた彼は足を滑らせロフトから落下いたしました。
そして頭上からの突然の落下物に驚いたナマエは自分の身を守ろうと、その落下物を思いきり殴りつけたのです。ふと気づけば足下には血を流して倒れているコウイチ様。(鼻血を出してうつぶせに倒れていたので血溜まりのように見えたのだろうということでした)混乱したナマエは本当に彼が死んでいるのか確認せずにわたくしの元へ逃げてきたと、この事件の顛末はそういうことだったのです。

そもそもそんなに器用なお付き合いのできる方がどうしてナマエに合鍵を渡すなどという初歩的なミスをしたのかと思いましたが、どうやら彼はナマエのことを非常に奥ゆかしい女性であると誤解なさっていたようでした。まさかあのナマエが合鍵を使うとは思わなかったと、そう彼は言っていました。恋とは人の目を曇らせ、冷静な判断力を奪うものです。その後わたくしどもが留守をしている間に、死んだはずのコウイチ様から連絡を受けたナマエはそこに至ってようやく事態を把握しました。そして激しい怒りを持ってヒウンシティへと飛んだのです。マンションの前で彼を捕まえたまま、今にもギャラドスのごとく暴れ出しそうなナマエを見つけたときはそのまま見なかったことにして家へ帰ってしまおうかと思ったものです。しかしながら裏を返せば、そのように怒り狂うほどナマエはコウイチ様のことを好きだったということなのでしょう。神経は図太いですし移り気ですし、さらに言えば男運のない彼女ですが、一回一回の恋には真剣に向き合っているのですから。
けれどわたくし常々不思議に思っていることがあります。

「バトルではおそろしいほどに先読みの出来るあなたが、なぜ恋となると盲目になるのでしょう」
「恋とバトルって似てるようでぜんぜん違うもの」
「はぁ、そんなものですか」
「ノボリ本気で恋したことない。だからそんなこと言ってもわからない。そもそもナマエ、あいつの家に行った時点で浮気されてるってわかってたんじゃないの、玄関に女物の靴、あったでしょ」
「…そんなことないもん」
「いつも言ってるけどきみ、男見る目なさすぎ」
「クダリ、ナマエは曲がりなりにも失恋したばかりで傷ついているのですからそれくらいにしたらどうです。それよりわたくし少々お腹がすきました」
「ぼくも。暴れそうな誰かをおさえるのに体力つかった」
「…二人ともほんとにいい性格してる。いいよ、今日は私がごちそうする。この間新しくできたレストラン、今から行こう」
「やった、ナマエいい女。ワイン、ボトルで頼んでいい?」
「アラカルトではなくフルコースがいいですね」
「私あなたたちのそういう厚かましいところ大好き」
「わたくしもあなたの何度踏まれても起き上がってくる雑草のようなところが好きですよ」
「そう、ナマエはへらへらしてるくらいがちょうどいい」
「…ありがと」

ライモンへ戻ってきた時にはすっかり嵐は去り、水浸しになった道路は街のネオンを受けて輝いていました。色とりどりの水たまりを散らしてわたくしたち三人はまだ少し強い風の中を歩いてゆきます。桜の花は散りましたがまだまだ春は続くのです。ですからきっとすぐにナマエもまた恋をするでしょう。たとえ今は傷つき落ち込んでいるとしてもです。
わたくしとクダリの腕をとり、レストランまでの道の先陣を切るナマエの頬を風がなでて、まるい雫をさらってゆきました。…今度ばかりは嘘泣きではないようです。色々とございましたがひとまずこれにて一件落着、すべて世はこともなし、といったところでしょうか。







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