花は咲き誇りやわらかな風の吹く、そんな麗らかな春に起きた話でございます。ただ春とは申しましてもわたくしの勤めるギアステーションならびにバトルサブウェイはその名の通り地下施設でございますので、挑戦者の連れてくるメブキジカを見て季節を実感する、そんな有様ではありましたが。


いつものようにシングルトレイン七両目にて待機しておりましたわたくしの所へナマエが来たのはそんな気持ちの良い季節の昼下がりのことでございました。 ナマエはわたくしの友人で素晴らしいポケモントレーナーでもあります。ただ少し、そう、ほんの少し博愛主義に過ぎると言いましょうか。彼女は自身のポケモン達とは誠に深く美しい信頼関係で結ばれておりますが、人間相手、こと恋愛に関しては実に移り気、恋多き女性なのでございます。わたくしの双子の弟であるクダリに言わせてみれば彼女の頭の中はいつでもお花畑、気楽な浮かれ…これ以上はわたくしの口からは申し上げられませんが、とにかくそういうことなのだそうです。クダリもまたナマエの友人であり、二人はいつでも忌憚のない意見をぶつけあっております。

「挑戦者とはあなたの事でしたか」
「ノボリ…私、やっちゃった」
「なんと!どなたとです?この間の方とですか?」
「…違うの、そういう意味じゃなくて」
「まさか…不倫ですか!?わたくし、それだけは!やめるようにと口を酸っぱくして申し上げていたはずですが」
「あのね、私、人を、こ、殺しちゃった?」
「……………………はい?」

いまいち彼女の言わんとする事が理解できず、いえ、理解したくなかったと言った方が正しいでしょう、目の前で紙のように真っ白な顔色をして今にも倒れてしまいそうな彼女を見つめました。どうやらいつもの冗談などではなさそうです。しかしいくらシングルトレインとはいえこの状態でここまで勝ち抜いてくるとはさすがと言う他ないですね。……現実逃避はやめましょう。一つ咳払いをしてからナマエへ近寄ると彼女は怯えたようにわたくしを見上げました。

「ノボリ……」
「……ナマエ」
「私、逃げるね」
「安心しなさいナマエ。わたくしが一緒に警察へ…今なんと言いました」
「今までありがとうノボリ」
「お待ちなさい!」

わたくしに背を向けて走り出そうとするナマエの腕を咄嗟に掴むと、彼女は信じられないといった面持ちで振り返りました。

「ちょっと何、放して」
「自首しなさいナマエ」
「ノボリひどい!それでも友達なの!」
「友人だからこそです!」

語気を強めたわたくしの顔をはっとして見たナマエの瞳にはあれよあれよという間に涙がいっぱいに溜まり、不謹慎ながら美しいと思いました。そして…気がついた時にはわたくしはトレインの床で眠っており、ナマエの姿はどこにもありませんでした。これは一体どうしたことでしょう。確かそう、彼女の涙にみとれたわたくしの一瞬の隙をついてナマエはモンスターボールを取り出し…そうでした、飛び出してきたバタフリーにねむりごなを命じたのです。そういえばいつだったか、彼女の特技は嘘泣きだと聞いたことがありました。

トレインで眠りこけていたわたくしを心配する部下をなだめて地上へ出ると空は既に暮れかかり、春特有の強い風が桜の花を散らしていました。まだ夜は冷えるというのにナマエは野宿でもするつもりなのでしょうか。いえ、ナマエのことですからきっとあちこちに泊まるあてはあるのでしょうが…。彼女が本当に人を殺したのかどうかわたくしにはわかりません。ただわかっているのは、これからひと騒動起きそうだということと…そして、何はともあれ彼女にちょっとした制裁を加えなければ気が済まないというわたくしの気持ちだけでした。









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