ミーンミンミン。もうろうとする頭で蝉の声を聞きながらトボトボと歩く。コンクリートの道からは陽炎がたちのぼっていて、ちょっと涼める陰なんてものは何処にも存在していない。ちくしょう。それでもさっきまでは幸せだったのだ私は。

学校の終業式が終わり、みんなでアイスを買いに行こうという友達の誘いを断って、私は明日から始まる夏休みのことを思って一人ルンルンと帰宅していた。何といっても家に帰れば親に頼み込んでいっぱい買ってもらったちょっとお高いカップアイスがある。期間限定物もばっちりおさえてあるし。そりゃルンルンでスキップもしようというものだ。もう頭の中はアイスや海や映画や水族館でいっぱいであった。そんな頭がお花畑状態の私は前方に今まで一度も話したことのないクラスメイトの綾部喜八郎を発見、浮かれ気分も手伝ってついつい声をかけてしまったのだ。「オイッス綾部くん!今帰り?」綾部くんは少し驚いたように目を開き、「…うん。」とだけ言った。何だい何だい人見知りかいシャイボーイよ。その時点でやめておけば良かったものを、夏休み気分で判断力がにぶっていた私は「せっかくだから駅まで一緒に帰ろうよ!」などとほざいてしまったのだった。綾部くんは前を見たまま「いいよ」と言ってくれたので私は横に並んで歩きだしたのだが、この時点で少し判断力が戻ってきた私は脳みそフル回転で綾部くんとの共通の話題について考えていた。今まで話したことがないということはお互いについての情報がほとんどないということなのだ。うう。どうしよう。だがしかし綾部くんだって明日からの夏休みにはワクワクしているはずである。よしこれだ。「綾部くんは夏休み何して遊ぶの?」「…大体穴掘ってるかな」「エッ」予想外すぎる答えである。穴って。お前穴って何だよ。「…穴といいますと?」思わず若干敬語になってしまう。綾部くんはそんな私を気にしたそぶりも見せず、「普通の穴だよ。夏休みは時間がいっぱいあるから山に掘りに行ったりもするつもり。」とサラッと言った。だから穴って何でだよぉぉ!早めにこの話題は終わらせようと思った私は「そ…そっかー穴かー。穴はいいよね。掘ってると落ち着くしひんやりするしね!」と半ばヤケクソで言い放ち、次は一体何の話題を出すべきか考え始めて約五分、暑さと気まずさによってお花畑だった私の頭は焼け野原と化していた。しかしこのまま話さないで駅につくのは気まずすぎる、とにかく何か話そうと綾部くんを見ると、いつから見ていたのか綾部くんは私の顔をじいっと見ていた。何なんだ君は。ひょっとしてシャイボーイじゃなくてただのマイペース野郎なのか。話すきっかけを失って口をあけたまま綾部くんの顔をアホのように見ているとおもむろに綾部くんも口を開いた。「ミョウジさんも穴が好きとは思わなかった。夏休み一緒に穴掘りに行かない?」「ハイッ?」「じゃあ決まりね。」いや違うんです今のハイッ?は返事じゃなくて…慌てて誤解をとこうとしたがさっきまでほとんど無表情だった綾部くんがやわらかく笑っているのを見て私は口を閉じてしまった。「じゃあ明日の10時に駅で待ち合わせして夏休みの穴掘り計画を立てよう。じゃあまた明日。」そこまで一気に言って綾部くんは駅の改札に向かって歩いていく。いつの間にか駅についていたのだ。残された私は、どうやら今年の夏休みは今までとは違うものになりそうだという怪しい予感と、さっきの綾部くんの笑顔で頭がいっぱいだった。